あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。
毎年、年のはじめに易を立てて一年の運勢を占う。易を教えてもらって以来の習慣だ。今年もお正月休みの間に占ってみたが、出た卦はなんと昨年と全く同じ卦だった。悪くはない卦でとりあえずほっとはしたものの、その卦の意味するところは、まだまだスタート地点、子どものような素直な気持ちで何でも取り入れることが大事、という感じだ。50代半ばにしてまだ“子ども”と言われるのもちょっと複雑、しかも昨年と同じ卦なのだから、この年になってもまだ子どもで成長がないということかと考えてしまうが、別の見方をすればまだまだこれから伸びる、今が始まりと考えてよい、ということにもなるだろう。
昔話で「わらしべ長者」というお話がある。貧しい男が観音さまにお参りしたところ、最初に手にしたものを大事にしろというお告げを受ける。男は観音さまのお堂を出るところで転んでしまい、その時に落ちていた一本のわらしべを手にする。そのわらにアブを結び付けて歩いていると、子どものおもちゃにそれが欲しいという人が現れ、ミカンと交換することになる。そのミカンを持って歩いていると、またそのミカンを欲しいという人が現れてその人の持ち物と交換し…ということが何度も繰り返される。最後には男が乗っていた馬を自分の家や田んぼと交換して欲しいという人が現れて、男はお金持ちになる、というお話だ。
年始の易で出た卦で、ふとこのわらしべ長者の話を思い出した。目の前に出てきたものは、とりあえず素直に受け入れてみる。それがどんなにつまらないもの、価値がないものに見えたとしても、それは自分の思い込みによってそう見えているだけかもしれない。新たな世界に足を踏み入れた時は、それまでに見たこともないようなものや体験したことがないようなことに出会う。そういったものは古い自分の価値観からすると、意味のない下らないものに見えたり、恐ろしいものや汚いものにさえ見えたりすることがある。新しいものは好奇心を起こさせることもあるが、不安をかきたてるものでもあるのだ。しかしそこでそれを避けたり捨てたりせず、とりあえず受け入れて手にしてみる。それを抱えて前に進んでみる。そうすると何かが少しずつ変化していくかもしれない。今まで見えていなかったものが見えてくるかもしれない。
50代半ばにしてまだスタート地点というのは、わらしべ長者のお話で言えばお堂から出てきたばかりの男と同じところにいるということだろうか。いろいろな方向性・可能性を自らつぶしてしまわないよう、目の前で起こることを素直に受け入れる気持ちを大事にしたい。
