珈琲とワイン

長谷川泰子

 

 コーヒーが好きだ。1日2回、多い時は3回、毎回豆を挽いてコーヒーを淹れる。手間ではあるけれど、コーヒーを淹れる作業も好きなので気にならない。

 最近はコンビニでもドリップコーヒーが買えるからそれほどコーヒーに飢えることはないが、以前は旅行先などではコーヒーを求めて喫茶店をあちこち探しまわったりした。愛知県で生活していると喫茶店はどこにでもあるので気が向いたらいつでもコーヒーが飲めるけれど、どうもこういった環境は当たり前のものではないようだ。旅先ではなかなか喫茶店が見つからず、スマホで検索してお店を探し、車を数キロ走らせてコーヒーを飲みに行くこともある。もう10年ぐらい前になるけれど、四国の高松に行った時には、うどん屋さんはあちこちにあるけれど喫茶店がなかなか見つからず、結局ファストフードのお店を見つけてなんとかコーヒーを飲んだことがあった。駅前のビル街のようなところに行けばコーヒーが飲めるところは簡単に見つかるのだろうが、郊外に出るとコメダがあちこちにある愛知県とは事情が異なってくる。

 

 昔、やはり旅先でコーヒーを飲むためにホテル近くのお店に入ったことがある。入ってから分かったのだが、何とカウンターに椅子が2つだけのお店だった。しかもオーガニックコーヒーとビオワインのお店だという。変わった組み合わせにびっくりして、お店のご主人にどうしてまたコーヒーとワインなのかと聞いたら、「両方とも土地・土が大事というところでは一緒、土によって味も変わるものです」とのことだった。

 どういう土地・土壌で育ったかによって味わいが変わってくる、それは人間も同じところがあるかもしれない。「私」を作っているのは私だけでなく、私の足元にある大地が「私」を作っているところもある。だからこそ私たち臨床心理士は相談に来られた方に今の問題だけでなく、生育歴、それまで生まれ育ってきた環境についても詳しく聞く。それだけではない、親や祖父母、生まれ育った土地の文化についてもできるだけよく知りたいと思う。その人がどんな土地・土壌に根付いているのか、そのことと今起こっている問題と結びつけて考えることも必要だ。

 コーヒー豆やワインのためのブドウだけではない、私たちも大地から養分をもらっている。根付いた土地・環境を離れることは、人生にとって大きな変化やストレスをもたらすことになる。春は根付いたところを離れることが起こりやすい時だ。引っ越しのように、本当にそれまで住んでいた場所を変わることだけでなく、進学や就職、あるいは進級などでも、それまで根を生やしていた場所から離れる体験になる。植物だって植え替えをしたらきちんと根付くまでには時間がかかるし、何より細かい配慮が必要だ。人間も同じことが言えるだろう。

 

 

 私があの時訪れたコーヒーとワインとお店は今でもやっているのだろうか。椅子が2つだけでお店はやっていけるのかとご主人に聞いたら、周囲にある会社から会議用のコーヒーの出前の注文が結構来るんですよ、とのことだった。小さいけれど雰囲気の良いお店でコーヒーもおいしかった。今でもやっていてくれるといいなと時々思い出す。

 

 

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