私は世界をどう見るか

長谷川泰子

 

 連休中のささやかなイベントとして岐阜県美術館で開催されている塔本シスコ展を見に行ってきました。この画家のことは何も知らなかったけれど、新聞にカラフルな作品が紹介された広告があり、興味を持ちました。

 塔本シスコさんは50歳を過ぎてから本格的に絵を始めたそうです。それまでは絵日記めいたものをスケッチブックに描いているだけだったようですが、53歳のある時、自分も大きな絵が描きたいとキャンバスに油絵を描き始めたのだそうです。絵を描くことが好きで好きで仕方がない、描くことを本当に楽しんでいる様子が伝わってくる作品ばかりです。創作意欲が大せい過ぎたのか、段ボールやベニヤ板のようなものに描かれた作品も多く、中にはしゃもじ、引き出し、おそらくキャンバスを包んでいたのであろう包装紙などに描かれた作品もありました。80歳代に描かれた作品も沢山あり、それがまたいきいとした作品で素晴らしく、50代前半の自分もまだまだこれからだと、とにかく好きなことをやればいいんだと、妙に元気になって帰ってきました。

 自分の絵について、シスコさんは、私には世界がこんなふうに見えている、と言っていたそうです(熊本出身の方で、実際は熊本弁)。絵を描くということは自分自身が世界をどう見ているか、自分なりの見方・世界観を提示することだと思います。シスコさんの絵を見ていると、誰かの見方を借りてくるのではなく、自分の見方に忠実に、だからこそ最後まで創作意欲が尽きることなく絵を描き続けていられたようにも思います。

 私たち臨床心理士の仕事でいうと、例えば相談に来られた方にその人の問題、悩みについて初めて話を聞いた時に、こちらの「見立て」を伝えることがあります。臨床心理士としての世界観の提示、と言えるかもしれません。今現在起こっていることについてこちらがどう考えるか、問題を別の視点から見直し、この問題にどういう意味があるのか、今何が必要なのかについて意見を伝えます。例えば家庭内のトラブルについて、相談に来られた方は自分が悪くてこんなことになったと自分を責めているかもしれません。しかし別の視点で考えると、今の問題は家族にとっては必要な変化が起きているからこそ出てきたトラブルかもしれないのです。新しい可能性に開かれた問題と言えるかもしれません。相談に来られた方の話を聞いて、自分はどう考えるか、何が本当の問題なのか、プロとして自分なりの見方をきちんと示すこと、相談に来られた方の話をどんなふうに見たか・考えたか、それを提示することが大事だと思っています。

 

 ところで、塔本シスコさん人生最後の作品が展覧会最後に展示されていました。「シスコの月」という作品です。これを見た時に、熊谷守一の晩年の作品を思い出しました。以前、熊谷守一の展覧会に行った時に最後に太陽を描いた作品がいくつか飾られていました。月と太陽の違いはあるけれど、両者とも晩年にとてもシンプルな円を描くに至ったことが印象的でした。自分はあんなふうに円を描ける気持ちになっていけるのだろうか、そんなこともちらっと考えて美術館を後にしました。

 

 

 

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