西村臨床心理学 身体の主体性について

 「西村臨床心理学 1-5 身体の主体性について」というタイトルで保存されていた文章です。最終更新日は2019年7月7日です。

 

 

 

西村臨床心理学 1-5 

身体の主体性について

 

 

 人間は動物である。その脳に人間的な精神機能がついている。しかし、基本は動物としての肉体であるから、肉体もまた肉体の主体性を持っている。食欲、活動欲求、休息欲求、性欲、人間関係の欲求等々沢山ある。

 嫌なものに宣するとアレルギーが生じる。皮膚が敏感には反応しアレルギーが生じる。私は海外の5月旅行をすることにした時、その春から皮膚に湿疹ができた。それが広がってきたのでかかりつけの医師に相談し皮膚科的処置をしてもらったが一向に効果がなかった。いよいよ行くとなって2週間前にカバンに必要なものを詰め用意を整えたらアレルギーが少し軽減した。そして旅行の3日前には治ってしまった。今でも東京に行くとき二日前くらいに足の水虫が痒くなる。薬をつけるとすぐ治まり、東京へ行くのだと自覚すると治まる。会社に毎日出勤するのに途中の駅で必ずトイレに行きたくなるという人もある。こういうのはひそかな悩みであまり問題にならないがある人にとっては悩ましいことである。ある人は会社に行く前に、あるいは会社で吐き気を催す。ある人は会社に意欲的に生き始めたら下痢が続くようになった。ストレスがかかるとトイレに行きたくなったり、吐き気を催したり、下痢したりする。それらの身体症状の意味は明らかである。出勤をストレスと感じるとトイレに行きたくなるのは、入学試験などの前にトイレが混雑するのと同じだ。吐き気は受け入れたくないこと、下痢は適応過剰ということである。私は虐待の研究を始めてから喉の奥に違和感を感じるようになった。そして子どもを虐待した親にかかわるようになってその違和感はハッキリとしてきた。耳鼻咽喉科の診察を受けたら単なる炎症で薬も処方されなかった。

 喉の痛みは皮膚よりさらに深部に生じているので心の深みをやられているということであろう。ユングは心理療法の仕事をするものはたいてい何か身体的な悩みを抱えているとどこかに書いていた。解決できない悩みを共有することによって生じる身体症状である。

 二人の先輩は大学の教員の就職が決まったときギックリ腰になった。ちょっとしたものを持ち上げようとしたとき腰に激痛が生じた。新しい職に就くと責任が重くなると体は警告しているのである。また、ある人は結婚するとき奥さんのお父さんが家を用意してくれた。家付きの奥さんを貰うと奥さんを必ず幸せにしなければならないという義務が生じる。その所為かその人は長い間腰のあたりの脊椎のヘルニアに悩んで手術も考えたが、幸い手術をせずに済んだ。同じころ同じ悩みを抱えた人が重なったので、責任の重さが脊椎のヘルニアになると思った。

 昔は胃潰瘍になると胃の患部を切除していた。ある外科医は150例切除しましたと言っていた。しかし、今胃潰瘍で胃を切除した話は聞かない。今ではストレスフルは職場から離れしばらく入院させれば治るようになった。胃壁を守る薬もできてきたようだるが、胃潰瘍の代替疾患であるうつ病がはやり始めたことも影響しているのであろう。人々は胃潰瘍になるまで頑張らなくなって、うつ病に逃げることができるようになったのであろう。

 このように身体の病気は人の生き方、社会との付き合い方について警告する機能を持っているのである。

 食欲が旺盛すぎるのも眠れないのももっと意味のある生き方をしなさいという身体の警告かもしれない。

 人間には意識する主体性と生きる身体の主体性と二つあり、意識する主体の私は体としっかり話し合っていかねばならない。忙しい社会では身体を無理して働かせようとして栄養の補給のサプリメントや健康食品が多く使われている。これは身体の主体性を損なうことで心身のバランス上あまり好ましいとは言えない。

 

 

 

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