水先案内人に会う

下関はお魚の美味しいところではないか。よそ者に最も手軽にお魚が食べられるのは回転寿司だと考え、ホテルのフロントで聞くと、近くに回転寿司はないとのこと、居酒屋を紹介されて行った。

めったに外で飲むことのない私には居酒屋に一人で入ったのは初めてのことではないか。

カウンターに座ってメニューを見ていると、隣の方が注文の仕方、お魚やお酒の説明までしてくださった。私にとっては全く初めての世界の良き案内人であった。

話していてわかったことは、その方が「水先案内人」ということだった。

水先案内人は国土交通省が認める国家資格で、船長経験2年以上要るとのこと、そして海底の地図が頭に入っていること、その他沢山の知識が必要な高度な専門家であることがわかった。

海底の目には見えないこところがわかっていること、そういう点では心の見えないところがわかっている臨床心理士と似ている。私たち臨床心理士は心の水先案内人ではないかと思う。しかし、私たちの臨床心理士の資格はまだ出来たばかりで30年も経っていない。

ところが水先案内人は神武天皇東征の時に始まる。その方に教えられて、帰って古事記を開くと、古事記中巻の第二段に出てくる。国つ神に汝は海の道を知っているかと問うと能く知っていると言うので、船に引き入れて「槁根津日子(さおねつひこ)」という名前を与えられた。これが水先案内人の国家認定の始まりで、日本書紀によれば2千年の歴史がある。神社は大分佐賀関に椎根津彦神社と早吸日女神社があり、神戸本山に保久良神社がある。これらの名前から水先案内人を連想することは難しいが、豊後水道や明石海峡など潮の流れの早いところを速(早)吸門(はやすいのと)といい、はやすい、潮流の早いところ、下手をすれば海の中に吸い込まれるところと解するとわかりやすい。

これらのことをインターネットで調べているといろいろと面白いことがわかってきた。神戸の六甲山には巨石文化があったらしく、それらを隈なく歩きまわって紹介している人もあるので、日本古来の宗教に関心のある方にはお薦めしたい。

とにかく水先案内人に比べると臨床心理士の資格は歴史も短く資格の内容もちゃちである。心の水先案内人といいながら、不登校はなぜ起こるのですか、どうしたら治るのですかと聞かれても、だれも自信をもって答えられる人はいない。しかも、水先案内人の資格はものすごくハードルが高く、全国に700人と少なく、今、2級、3級といった下級の資格を作っているということだった。

それに引き比べ、臨床心理士会は修士レベルの臨床心理士を捨て、会長自ら学部レベルの低い資格、認定心理師を創ろうというのだから驚く。心の水先案内に必要な心の深層の地図さえ無いし、それを創ろうともしていない臨床心理士会の怠慢に驚く。現状の大部分の臨床心理士は心の水先案内人という観点から見ると、1,2,3級はおろか、5,6級というところではないか。せいぜい10メートルにも満たないレジャーボートの水先案内人ではなかろうか。日本社会の心の安全と活性化を図るという社会的責任性の意識がないがしろになっているのではなかろうか。頼りになるしっかりした心の水先案内人を作ってもらいたいと念願する。

私はこれまで50年の心理臨床経験を活かし、せめて2,3級の心の水先案内人のための心の地図を作って残して置きたいと思う。