外向型の人にとって箱庭療法とは

(この原稿は書きかけのまま保存されていました。発表はされていないと思いますが、ここに公開します)

 

 最近になってルソーの告白録を読んだ。その中で私が経験したと同じ事が見事に書いてあったので驚いた。

 ルソーは超個性的で内向的な人である。自分の精神の自由を保つために王様から与えられる年金も断り、政治や宗教に対して自由にものを言った。そのために特に心の狭い政界や宗教会から圧迫され住みたいところに長く住めなかった人である。社会の下部層の自分の考えを持たない人々の圧力はルソーのように個性的な啓蒙的な人の存在を許さなかったようである。ただ、社会の最上位層部には心の広い人があって庇護され、何とか生きる道が整えられ、赤裸々な告白録も世に出たのである。

 ルソーは超内向的な人であまり人と接触せず、一人散歩して夢想することが好きであった。人前で話をすることは苦手で話ができないから、先ず原稿を書いてそれを丸暗記するのだが、当日の朝頭は真っ白で何も思い出すことができないから自己弁護の機会も捨てたという人である。そいう内向的な性格だからルソーが苦手とする人は超外向的で、彼らはルソーに取り入って社交界に出入りし、ある程度地位を築くと彼に対して尊大にものを言うようになった。年下でありながら、しかも自分の手引きで社交界に入った後、自分に対して尊大な態度を取られたら頭にくるであろう。ルソーは自分の友人を紹介しても相手は自分に彼の友人を一人も紹介してくれなかったと何度も書いている。内向的な、内心自身のない人にとって、内面の不安を隠すように自信を強めに押し出している外向的な人の態度は尊大に圧倒するように見えるのである。

 私は内向的だから、外向的な人にルソーが経験したと同じことを感じる。そして、特に研究会でそれを感じる。例えば外向的な人は箱庭に私が見るようなものは全く見ていない。見ているのはごく表面的なところだけで元気にものを言うので自信があるように思える。話を聞く人はその自信のある言い方に感心するようだ。