職人の仕事と研究者の仕事

 久しぶりに文書を書くためにPC の前に座った。朝寒いのと昨年来仕事に精出しすぎてちょっと休む気持ちになっていたこと、良子先生の入院などで落ち着かなかったこともあってPCから遠ざかっていた。

 さて、職人はこんな怠けた態度はとらないのではないか。良子先生の主治医は大晦日も正月も関係ないなく仕事をしておられた。昨日のNHKの番組ためしてガッテンを見ていたら立体映像でとれるCTはまだ全国に10台くらいしかないということだが、どうやらその1台は良子先生が入院した病院にあるのである。大病院の院長を辞めて開業された先生は最新技術のCTを導入して自分の医療技術をフルに生かした仕事をされている。そういう職人技の先生に当たった良子先生は幸せである。(良子先生は手術後無事退院したが2週間後気持ち悪くなって嘔吐したので末永先生に見てもらうと即刻入院となった。肝機能は悪いのだが何も原因が見当たらないのでただベッドで寝ていた。先生は痛みはどうですかと聞くが痛みは全くない。3日目に造影剤を入れてCTで胆のうを撮った。私たちはその立体映像を見せられ感激した。先の手術で胆管の中に残っていた胆石が無いのである。腹痛も起こさず胆石は排出されたのだ。大きな胆石が腹痛も起こさず動いて出て行ったらしい。名医の技にかかっていると痛みも軽減するのだろうかと思った。その朝の検査で肝機能は以前よりも良くなっていてすぐに退院となった。)

 高校時代の友人H君は腕に技術があるから開業するのだ、大学病院なんかに行くもんじゅないと言ったことがある。それを今回まざまざと見た思いがする。

 すると今まで長年研究職にあって、傍ら心理臨床の仕事をしてきた自分はやはり職人ではなく研究者として仕事をしてきたのではないかと反省する。私はこれまで、研究しながらやって行くのだから普通よりもっとも良い仕事をしているはずだと思ってきたが、それは間違いだったのだ。研究者の仕事は片手間の仕事でしかない。大学の先生にとっては治療よりも研究や論文を書くことが大事なのだ。それは医者でも変わらない。

 今私は毎日檀渓心理相談室に出て仕事をしている。正月も4日から、そして土日も却って忙しい。今の私は職人的に仕事をしていて、以前の大学に席を置いていた時の仕事とはずいぶん違うと思う。仕事の内容から考えることも楽しみの一つである。海外の珍しい景色も見たいけれど、自分の経験の中でしか見られないもの、それは観光旅行にも匹敵するものだと思うようになった。

 今の私は50年近い臨床経験を持ち、その経験に基づいた知恵で仕事をしている。私のこの心理臨床の領域は長年の経験と知恵が必要な仕事であると思っている。一方で定年を迎えた人の仕事なんてと思われているのではなかろうか。確かに流行おくれの考え方であるけれど、発達障害、アスペルガーなんてあと10年たったらどうなっているだろうと思う。流行に左右されなくて、豊かな経験と確かな勘で面接をする方が良いと思う。

 私よりも一回り若い人も定年を迎えている。私のように定年後仕事をしている人が少ないのは残念である。心理職を退職した後スクール・カウンセリングなど週1~2日の仕事で済ませている人を見るともったいないと思う。

 この業界では定年後に自分のいのちを懸けてやる仕事が待っている。皆さん頑張ってください。皆さんの豊かな経験を生かしてください。