男は要求されないと分からない

 お父さんは仕事が無い時は昼間からビールを飲んでテレビばかり見て、何も手伝ってくれない、何処かへ行こうと言っても動かないとある人が訴える。

 結婚して家を持つと、外で気を使い仕事に精を出している男は家では何もしたくないかもしれない。昔は男厨房に入らずと言って、料理家事は女の仕事とされていたから、男がそんなものできるかと家で威張っている男性は多かったのではなかろうか。 最近、テレビのドキュメンタリーは中国の田舎の風景を写してくれる。そこには奥さんがお店で働き、男は喫茶店にたむろしてお茶を飲んだり、麻雀して遊んでいる情景を紹介してくれる。中国の田舎の方がもっと徹底して男性は遊んでいて、遊んでいる男性は幸せな顔をしている。

 働き詰めの男は家では原則何もしたくない。お盆や正月休みをどうするかある程度決まるかもしれないが、その他の時期に休みを取ってどこかに行くという考えは働く男性からはなかなか出てこないものである。

 NHKに熱中時間と番組があるけれども、仕事もこなす傍らあることに熱中して、家庭も顧みず、好きなことにうつつを抜かしているのは大抵男性である。ある年齢を過ぎると男性は好きなことに熱中したくなる。そういうことにとらわれると、男は家庭のことが頭に合っても十分な配慮ができなくなる。

 男性中心の家庭生活をしていると、男のわがままに振り回されて女の人はたまらなくなるだろう。こういう事態は望ましくないので、家庭では女性がリーダーシップをとって、家事はもちろん、遊びの計画も女性が全部したらよいのではないか。そうすると男は稼ぐ人、奥さんはお金を使う人ということになる。こういうバランスのとり方をするとかなり、リラックスする家庭があるのではなかろうか。

 お金は、私たちの時代は如何に稼いで溜めるかが大事であった。しかし、今はお金を如何に使うかが豊かさの指標になってきたのではなかろうか。如何にお金を持っていても、使い方が下手では貧しい生活になる。

 男は家で何もしたくないが、女性がリーダーシップを持ってお金の使い方を考える時代になった。