「アマテラス 河合隼雄を生きる」ということは

 昨年暮れに雑誌『臨床心理学』の一月号が発行された。そこに「ユング心理学と河合心理学」として書かせていただいた。そのなかで「アマテラス 河合隼雄を生きる」と書いた。読者の方は「河合隼雄 夢を生きる」ということと「アマテラス 河合隼雄を生きる」という二つの言い方の違いを汲み取っていただけただろうか。雑誌では原稿の制限でその違いを説明するゆとりがなかったのでここでその説明をしておきたい。

 明恵上人が夢を記録し、夢に深くかかわりながら生きていかれたように、河合隼雄先生もご自身の夢を大切にし、夢に関係させながら心理学の専門書を書いていかれたと私は思う。『ユング心理学入門』に出ている男性の夢の多くは、有名な渦の夢を除いて、河合隼雄先生の夢であると考えるとよくわかる。河合隼雄先生はこのようにご自身の夢を徹底的に客観視しようとされたのだと思う。フロイトはドラの夢から多くの連想を引き出した。その連想は驚くばかりの量である。連想によってこれまでの経験を再考し、無意識の世界を客観的に調べ上げたのである。これも一つの無意識の研究法である。それに対して河合隼雄先生は夢によって自分の無意識を客観的に分析して人に示された。これによってユング心理学が紹介されたのである。単なるユングの本の翻訳ではなく、自分の無意識の世界の探求としてユング心理学を示されたのである。ユング心理学の紹介の背景に内面との深い対話がなされている。従って、『ユング心理学入門』を読むと、読者は自然と自分の心を省みるような態勢になってしまうのではなかろうか。それが河合心理学の秘密の一つである。この点ははじめに紹介した雑誌で山下一夫も指摘している。このようなことはフロイトもやっていない。フロイトを読むと、何か自分が隠していることを意識させられるような漠然とした不安が醸し出される。その雰囲気と河合隼雄先生の本の読後感とは多いに異なるであろう。ユングの本を読むと興味津々で、未知の世界を探求する好奇心を刺激される。河合心理学の特徴は自分を省みるという点で特徴的であると思う。夢を生きるということは自分を深く省み、人生を深く確かなものにしていることがわかる。

 次に、「アマテラス 河合隼雄を生きる」ということについて考えてみたい。先生はアマテラス、太陽の女神を夢に見て、分析家と話をされた。フレイさんは、私は太陽の女神ではない、それはあなたの中にあるもので、大切にしなさいと言った。そのことは『未来への記憶』に書かれたけれど、アマテラスが自分の中にあって、それが自分のなかでどのように生きているかを客観視されるところまでは至っていなかったと思われる。

 先生は、何の会合だったか忘れたが、「自分は興味に駆られてきっと暴走することがあると思う。だからそのときは自分に警告してくれ」とある先生におっしゃった。河合隼雄先生は太陽のように明晰な心の目と暖かい心を持っておられた。その太陽の心は先生の社会的な活動を輝かしいものにしたが、先生はそれをある程度まで意識しておられたけれど、それを制御するところまではできなかったと思う。傍にいて輝かしく活動される先生を見ていると、「今、していることをすぐに辞めなさい」と警告する勇気は誰にも湧かなかったのではなかろうか。

 倒れられる1ヶ月前、名古屋のコンサートホールで『河合隼雄・工藤直子とリコーダーアンサンブルの会』を私は開いた。そこでは1000人近い人が先生と一緒にリコーダーを吹いた。最初の曲『ふるさと』からぴたっと息が合ったので、みんなすごく感動して、来年もきっとと誓いを立てて別れた。帰りのタクシーの中で振り返ってみた先生の顔色はとても良くなかったので、身体を大事にしてくださいというのが精一杯だった。先生はコンサートホールでも太陽のようであった。しかし、疲れておられて大丈夫かと思ったけれど、先生の来年も是非やりましょうという勢いにその心配はかき消されてしまったのであった。

 こうして先生の中のアマテラスは輝き続け、先生の身体は燃え尽きていったのではないかと思う。

 内部のイメージと自我の関係を適当に保つにはイメージに翻弄されないように抵抗しなければならない。その抵抗の手段として客観化ということが最も大切ではないかと思う。ユングもアニマの言うことにしたがっていたらとんでもないことになるから、話し合うことが大切だと夢分析のところで書いていたと思う。それはアニマ・アニムスの客観化ということで難しいことである。ユングが師匠の仕事と言ったものである。そうすると河合隼雄先生は太陽の女神と相対して話し合わねばならなかったはずだ、それがどんなに困難なことか私たちの想像を超える。

 アニマ・アニムスに心を奪われた者は、虚しさを満たすために陶酔を求めてアルコール中毒に陥ったり、正しく生きるために厳しい意見で人を切りまくり鉄の女と恐れられたりするだろう。それを続けているとついには孤独になってしまうだろう。

 河合隼雄先生は酒に溺れるヤマタノオロチや正しい意見に与することはなかったが、人情厚く律儀さの故に太陽の女神にくみされた。そこが命取りになったのではなかろうか。

 そこは河合隼雄先生の弱点といえば弱点だが、太陽の女神のイメージを得て40年以上も輝き続けられたということは驚異と言う他ない。最後の最後までサービス精神でいっぱいだった。

 単なる善意の人は数年で燃え尽きるのではなかろうか。でなければ、善意の行為のために周囲に疎まれたちまち孤独になり、何故この私が疎まれなければならないかと神に不満を叫びたくなるだろう。

 河合隼雄先生は多くの人に惜しまれて逝かれた。立派だったと思う。