映画『アキレスと亀』

 北野武監督の映画『アキレスと亀』が公開されたので早速見に行った。とても良かった。でも、観客は私を入れて8人だった。これでは興行は早く打ち切られること間違いなし。『Dolls』はかなりの観客が入っていた。『TAKESHIS’』や『監督・バンザイ』では少なくなった。今回はもっと少ない感じだ。

 『Dolls』は奥さんとの腐れ縁を描いたものだった。『TAKESHIS’』はたけしさんの芸能生活の個人史を描いたものであり、『監督・バンザイ』は東京芸大教授になって映画監督の世界を学生に紹介するような形で描いたものだった。今度は、絵画の世界を描いている。

 有名になった画家、画商、絵の収集家、画家を目指す子供、そして批評家などなど、美術の世界の裏側を描いた映画である。主人公は大人におだてられ子どもの頃から絵を志し、艱難辛苦を舐めて生きていく。

 女性の理解を得て結婚し絵に専念していくが絵は売れない。批評家の批判に左右され、学び、先人の真似をして酷評され、ずたずたになっていく。この過程はとても暗い。『Brothers』で見せたような殺人劇はない代わりに、人が良く死ぬ。父親と愛人の首吊り自殺、母親の自殺、山下清に似た画家の死、娘の死、死んだ娘を描く画家(これは熊谷守一を連想させる)、そして離婚、最後は炎の画家となるべく小屋の中にひまわりを花瓶に生け、藁に火をつけ炎のなかで絵を描こうとする自殺的行為。幸い大やけどをして助かり、包帯をぐるぐる巻きにし、片目だけだして病院から退院してくる。芸術は命がけなのだ。バス停で錆びて半分腐った空き缶を拾い、それを隅田川の川岸でダンボールの上に白い布をかけ、200,000、-の値札をつけて売りに出すのである。これが本当の彼の芸術となった。幸い元の奥さんが通りかかり彼の芸術を理解するのである。

 とことん暗く、山下清、熊谷守一、ピカソなどなど沢山の画家が出てきて面白い。それらを真似て描いたたけしさんの絵がふんだんに出てくるのもうれしい。たけしさんはユーモア溢れる批評精神の塊である。最後の真の芸術的表現が錆びて朽ち果てた空き缶一つで示されるところが本当にすばらしかった。たけしさんらしい生き方を象徴するものである。それを理解する女性と共に歩む姿にたけしさんに人間的な成長を感じた。画家を演じる最後のたけしさんの顔がとても良かった。

 

 途中、描いても描いても批評家に酷評されつぶれていくところを見て、私は有名な先生に学び批評され個性的才能を失っていく臨床心理士を連想した。売れない画家、まともな仕事ができない臨床心理士に何か似ているような感じがしてならない。この映画を1人でも多くの臨床心理士に見て欲しいと思う。