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思いつき

 毎週こうしてエッセイを書いていますが、毎週ともなると書くことが思いつかないということもしばしばあります。実は今回もそうで、パソコンの前に座ってみても何も出てこず、どうしよう、どうしようと考えているうちに、何も思いつかないなら「思いつき」について書いてみようと思いつきました。

 このエッセイは取り繕って何か書くものではないと思っています。興味が持てないことについて無理に書くこともしたくありません。そうなると、書きたいことを思いつくまではただ待つしかありません。思いつきは自分でコントロールできるものでもないのに、それに頼るのは心もとない気もしますが、自分の意志から離れた不確かで偶然まかせのものだからこそ、興味深く新しい何かがひそんでいるように思います。こちらにできるのはそれを受け止めるだけの土壌を整えておくことだけで、だからこそたとえ何も思いつかなくてもコンスタントに書くことが大事だと思っています。

 カウンセリングでは様々な悩みや問題が話されますが、そういったことについてカウンセラーがアドバイスできることは限られます。というより、ほとんどないと言ってもいいかも知れません。相談室に来た人も、自分でもいろいろ考え、人にも相談をし、ああしたらいい、こうしたらいいとあれこれアドバイスもされて、それでもどうにもうまくいかずにカウンセリングに来ているのです。打つ手がない、そんな状況でも何か出てこないだろうかと一緒に考え、待つのがカウンセリングです。

 カウンセリングではこれまでのこと、今のこと、自分のこと、他の人のこと、いろいろなことを話してもらいます。話をしていると、今まで見えていなかったことが見えてきたり、考えていなかったことを考えるようになったり、不思議といろいろと思いつくことがあります。ほんのささいなちょっとした思いつきが、あれこれ話をしているうちに意外な広がりを見せ、それが新しい方向性につながっていくようなこともあります。思いつきは降ってわいてくるようなものであるからこそ、今までの見方・考え方にとらわれない新しい何かを含んでいる可能性があります。

 カウンセリングに来て話をする、それを繰り返すことは、思いつきを受け止め、それを育てる土壌を整える作業だとも言えるかもしれません。その思いつきか何なのか、いつ出てくるのか、それは分かりません。不確かではではあるけれど、しかし不確かだからこそ今を越えていくために必要な新しい何かを含む可能性を持つのだと思います。

 

 

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