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あとから来る

 先週、突然腰痛になった。

 突然、というのも大げさかも知れないが、あれ、なんとなく変だなと思ったときにはすでにかなりの痛みがあった。しばらく座っていた後に立ち上がると、痛みで腰をまっすぐに伸ばすことにも難儀をする。重いものを持ったとか、無理に体を動かしたとか、原因として思い当たることは何もない。数年前にかなりひどい腰痛を経験したが、その時はただ歩くことすらしんどく、休み休み、ヨチヨチとしか歩けなくなってしまったが、今回の腰痛もその時の痛みに似ているような気がして、あんなことになっては大変だと慌ててストレッチをしたり、後回しにできることは後回しにして、できるだけのんびり過ごすことを心掛けたりした。そのおかげなのだろうか、それともただ単に週末の休みで疲れが取れたのだろうか、週明けにはあっという間に腰痛は改善した。

 前回の腰痛は相談室を引き継いでばたばたしていたのが一段落ついた時だった。少し緊張感がおさまり、一息つけるような気持ちになったところで、ドカンと大きな腰痛が襲ってきた。考えてみると今回の腰痛も、相談室引継ぎのような大きなことではなかったにせよ、ちょっと手がかかる面倒なことを片付けてほっとしたところにやってきた。やはり前回同様、緊張感が抜けたところで一気に疲れが襲ったのかも知れない。

 大変な時はその状態を乗り切ることだけに気持ちが集中しがちで、様々なストレスや疲労を抱えながらも、それをリアルに感じないまま過ぎてしまうことがある。自分の持っている力以上にがんばるようなこともある。そこでたまったストレスや疲れは消えてなくなるようなことはないのだ。借金は払わなくてはいけないし、撒いた種は刈り取らねばならない。その時は気づかなくても、隠れていた無理は必ずどこかで顔を出し、何とか清算しないといけなくなる。 

 

 カウンセリングに続けて来られているうちに、来談のきっかけになったこととは別の問題が表に出てくることがある。今まで問題だと思っていたこと、悩んでいたこととは何の関係もないように見えることだったり、ずいぶん昔の、もう忘れてしまってもいいように思われることだったりすることも珍しくはない。その時はそれなりに納得して飲み込んだこと、あるいは飲み込まざるを得なかったようなこと、無理やりに飲み込まされたことでも、どんな理由であれ、無理をした負担やこころの痛みは、どれだけ時間がたっても消し去ることはできないのではないか。

 話を聞いていると、奥の方に抑え込まれていた問題も、今の問題とそれなりに関係があることが多い。今まで表面化してこなかったけれど、いつかはきちんとスポットライトあてられ注目してもらう時を待っていたのではないかとすら感じることがある。昔のことだから今更もうどうすることもできない、考えたって無駄だ、と簡単に捨て去ることはできないのだ。

 特別なことはしなくてもいい。いつまでもこころの奥にくすぶり続けている思い、本当の声、それも自分の一部である。その自分を無視せず、捨て去ろうとせず、それがあると認めること、こころの奥の小さな声に耳を傾けること、それだけで大きな一歩となると思っている。

 

 

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