自我の強化のために

長谷川泰子

 

 確か河合隼雄先生の自伝に書かれていたエピソードだと思うが、河合先生がアメリカに留学中、クロッパーのもとで大学の助手をしていた時の話がある。臨床心理学を学ぶ学生たちが、臨床とは関係ないように思える無駄なことをやらされることが多いとグチグチと文句を言っていたのを聞きつけて、クロッパーが学生たちと話をした。何のためにこんなことをやらされるのかという質問に、クロッパーは「臨床家の自我の強化のために」と答えたという。(ちなみにクロッパーはそうは言ったものの、その後学生たちの意見も取り入れて、多少変えたところもあったそうだ)。

 私はなぜかこの話が好きで、このエピソードについて知ったのはずいぶん前だが、それから時々この話を思い出すことがある。

 この仕事が好きで続けているが、仕事をしていると面接以外のこともいろいろとやらないといけないことが出てくる。自分が苦手としていることやあまり好きではないこと、面倒なことなどをやらないといけないことも案外多い。例えば、人前で話をするのはとても緊張するのでできれば避けて通りたいというのが本音なのだが、頼まれるといろいろ考えて,やはりやっておいた方がいいんだろうなと思って引き受ける(もちろんいつも引き受けるわけではなく、断ることもある)。こういう時に「自我の強化のため」というクロッパーの言葉を思い出す。そして仕方ないな、これも自分のためだ、がんばろうと考える。

 長年、この仕事を続けてきて、もちろんこの仕事をするためには知識や経験が必要だとは思っているが、それだけでなく、やはり“自我の強さ”が必要だと思うことは多い。物事を冷静に客観的に見る強い自我がなければ、知識や経験がいくらあっても何の役にも立たない。教育分析というのもおそらく、そういった強い自我を育てるためにあるものなのだろう。

 

 

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