月の力

長谷川泰子

 

 先日の新聞の一面に「月の力でわさび育て」という見出しの記事があった(中日新聞10月23日朝刊)。ある自動車部品メーカーと農業関連のベンチャー企業が合同で「月の引力などで生じ、潮の満ち引きをもたらす“起潮力(きちょうりょく)”を利用した促成栽培で通常一年半~二年かかる栽培期間を八ヶ月以内に短縮しようと試み」ているのだという。記事によれば、植物は昼間に光合成で作った養分をもとに夜、成長をするのだが、この部品メーカーは、夜と満潮の時間帯が重なると植物の成長が促進される現象を発見し、そのような状況を人工的に作り出す(照明の点滅などで昼・夜を再現する)ことで、レタスでは収穫量の二割増しにすでに成功しているのだという。

 古くからの農業のやり方で、あるいは現代でも有機農法などで、月の満ち欠けにあわせて種をまくやり方があるのは聞いたことがあったが、人工的に再現という条件であったとしても「通常一年半~二年かかる栽培期間を八ヶ月以内」「収穫量の二割増し」というような大きな結果が得られるほどの力を“起潮力”が持っているとは想像もしていなかったので、記事を読んでびっくりした。月の力というのは目立つものでもなく(どうしても昼間の太陽のパワーに目を奪われる)あまり意識はしないけど、成長の大きな鍵となっていると言えるだろう。

 これを心理臨床の分野に当てはめて考えてみると、やはり同様に月、あるいは夜の力というようなものの働きが大きいと言える。明るく活動的な時間帯である昼間は意識的な考えが働く時であり、太陽が姿を消して暗くなり休息や睡眠をとる夜は無意識的な考えが支配する時間だと言うこともできる。カウンセリングでは昼間の考えだけでなく、夜の考えも必要だ。しっかりと意識的に考えること、客観的に現実的な見方をすることももちろん大切だけど、無意識的なこころの動きも無視できない。意識と無意識がどこかで協力しあうような状況を整えるようなことを心がけると言えるかもしれない。夢や箱庭に注目するのもそのためだ。夢についてあれこれと話し合ったり、箱庭を作ったり、あるいは子どもであればプレイセラピーをすることで、昼間の意識だけではとらえられない無意識的な何かをすくい上げようとする。理詰めで考えたり、問題解決のための直接的な手段を考えたりするのではなく、無意識的な力が発揮できるような状況を作り出す。それによって意識的なこころの働きだけでは見出せない方向性を探ろうとしている。ただ、無意識的なこころの働きが見いだせればそれでいいと言うものでもない。夜に書いた文章を朝に読み返してみると、夜には気が付かなかったミス、余計な文章、まずい表現などが見つかることがあるが、夜の意識だけでは漠然としすぎていたり、客観性に欠けていたりするものだ。現実的・具体的にどうするかを考えるためには昼の意識も欠かせない。

 昼の意識を夜の意識が受け取り、その夜の意識をまた昼の意識が受け取っていく。「植物は昼間に光合成で作った養分をもとに夜、成長をする」と記事にはあるが、植物にこの働きがあるならば、おそらく、人間にも同じような働きがあるはずだろう。

 

(ちなみにこの文章は昼間に書いたものを夜に書き直した)

 

 

 

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