猫がうちにいます

長谷川泰子

 

 車の運転中、前の車の後ろに張ってあるステッカーに目が行った。車に貼ってあるステッカーというと、最近では「録画中」などドライブレコーダーに関するものが多い。以前からよくあるのは「こどもが乗っています」とか「赤ちゃんが乗っています」といったもの、あるいはその英語バージョンの「KIDS IN CAR」「BABY IN CAR」というのもよく見る。

 目の前の車のステッカーには「猫がうちにいます」と大きく書かれていた。一瞬、ん?と思ったが、なんだかおもしろいものを見つけたという気になり、ちょっとこころが緩むような思いがした。

 先日、イチローさんがアメリカでスピーチをしたのだそうだ。人から聞いた。野球のことは全く分からないので、どういうことでスピーチをしたのかもよく分からないが、大きな功績を残したことを認められる機会があったようである。ジョークをたくさん交えて、皆を笑わせて楽しませるようなスピーチだったらしい。

 こういう時のスピーチとなると、今まで支えてくれた人への感謝を伝えることが大事なのだろうが、それだけでは聞いている人はあまりおもしろくはないだろう。スピーチとして人に聞いてもらう・楽しんでもらうとなるとそれなりの工夫がいる。映画の賞の授賞式など、特に外国のものだとジョークが必須みたいなところがあるが、確かにジョークでも入れないとみな同じようなスピーチになってしまい、聞いているほうも集中力が持たない気がする。真面目に話すところと、笑いでふっと気が緩むようなところ、両方があるからこそ緊張感をもって話を聞き続けることができるのだろう。

 河合隼雄先生はよく冗談を言われたと聞いている。河合先生の本の中にはそういった一面が垣間見られるもの(「ウソツキクラブ短信」など)もある。心理臨床学会では以前河合先生のワークショップによく参加していたが、まじめな話し以上に、ちょっと冗談めかして言われたことのほうをよく覚えていたりする。私が今でもよく覚えているのは、夢についての話で河合先生が「僕の夢を見たと言う人が結構いる。いろんな人の夢に出ないといけないから、夜は結構忙しいんですよ」みたいにおっしゃったこと。この時は、夜中に日本の上空を駆け回る河合先生の姿が自然に想像できて、そのイメージがあったからこそ、今でもよく覚えているのだと思う。きっと今でも河合先生は毎晩、いろんな人の夢にご出演なさってお忙しくしていることだろう。

 皆の前でおもしろい冗談を言うなんて、私にはそんな難しいこととてもできそうにない。でもやっぱり笑うのは好きだ。笑いがあるとちょっとこころに余裕が生まれる気もする。別に冗談をいう訳ではないが、カウンセリングの場面で時々笑いが生まれることがある。そうすると張りつめていたものがふっと緩んで、ちょっと視点が変わったりもする。距離を置いて客観的に見たり、新しい視点がうまれたりすることもある。やはり笑いの力は大きいものだ。

 

 

 

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