かえる カエル 蛙

長谷川泰子

 

 相談室の前に川が流れている。この川で昨年あたりからウシガエルの鳴き声を聞くようになった。特に夏の夜は、面接中でも例の低い声が聞こえてくることがある。田んぼに囲まれたような場所で育ったこともあり、ウシガエルの鳴き声を聞くと懐かしいような気持にもなる。夏だなぁ、と思う。

 世の中にはどうもカエル好き、といっても実際のカエルではなく正確にはカエルグッズ好きと言うべきか、が結構いるらしく、カエルグッズの専門店というものがある。東京にある店のひとつに学会帰りに寄ったことがあるが、文房具、衣類、小物、アクセサリー、キッチン用品などなど、小さな店にカエルに関する品物いっぱいで、店の外まであふれ出ていた。私もカエルグッズは結構好きで、普段から積極的に集めることはしないものの、旅に出るとカエルに関するものを何か一つ買ってくるのが習慣になっている。一番よく買うのは箱庭のおもちゃサイズの小さなカエルの置物、これはどこでも比較的簡単に見つかる。世の中、カエルグッズは想像以上にたくさんあるのだ。イタリア旅行である地方都市の小さな教会に入った時は、お土産コーナーに絵葉書や十字架などに紛れて小さなカエルの置物があるのを見つけた。確か7ユーロぐらい、1000円程度のものだった。細かい硬貨がなく10ユーロ札を出したのだが、お金を受け取った相手はお釣りの3ユーロを寄付だと解釈したのか、ニコニコと笑いかけるだけでお釣りをくれなかった。イタリア語はさっぱり分からずお釣りをくれとも言えず、結局そのまま帰ってきた。今でもはっきりと覚えているということは、勝手に解釈されて3ユーロ持っていかれたことが納得いかなかったからなのだろう。

 

 ご存知のとおり、最初はオタマジャクシとして水の中に生息していたものが、手足が出てきてカエルとなり陸地に上がってくる。大きく姿を変えることもあって、カエルは変化を象徴する生き物となっているようだ。水の中にいたものが陸地に上がるのは、無意識から意識へという意識の発達を示しているとも言えるかもしれない。グリム童話でかえるの王様というお話がある。カエルに姿を変えられていた王子が魔法が解けて元の姿に戻り、王女と結婚するお話で、やはりカエルが変身・変化のイメージを持っているのが分かる。

 縄文時代の土器にもカエル(と思われるいきもの)が描かれているものがいくつかあり、例えば山梨の釈迦堂遺跡博物館や長野県富士見町にある井戸尻考古館(ここの館長さんの解説はとてもおもしろく、臨床心理士にとっては興味深い話だった。館長さんの在館時には解説をお願いできるようだ)などには、一目でカエルと分かる大きなもようが表面にある大型土器がある。縄文中期、紀元前3000年、4000年ぐらい前のものだと記憶している。縄文時代の土器の使い道は明確になっていないところもあり、食物の調理のための鍋、酒を造る容器、亡骸を納め土に埋めるための棺、などに使われたのではないかなど、いろいろと説はあるようだが、どれも内容物を変化させるものとしての役割を担っている。変化を象徴するものとしてのカエルのイメージが重要だったのかもしれない。確か、井戸尻博物館の展示には、世界の様々な地域でいつ頃からカエルのモチーフが使われるようになったかを調べてまとめたものもあったように思う。カエルは人間にとって重要なイメージを担ったものなのだろう。カエルグッズ専門店なるものがあるのだ。やはりカエルはどこか心惹かれる存在なのだと言える。

 

 

 ウシガエルの野太い声は、力強さも感じる。変化を象徴するようなカエルの鳴き声を相談室の近くで聞くことができるのは、なんとなくいいものだ。

 

 

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