理想の時計

長谷川泰子

 

 ずいぶん前のことだが、檀渓心理相談室の新年会で、誰かがどこかから聞いてきた“心理テスト”で盛り上がったことがある。「どんな腕時計が好みか、どういう腕時計が理想か」という質問で、一通りみんなが答えたところで種明かし、それがその人の異性の好み、理想の恋人像だということだった。なるほどね、という人もいれば、えっあなた本当はそんな人が好み?とからかわれる人もいた。ロールシャッハテストの解釈仮説はなどと勉強会では真剣に話をしているような臨床心理士ばかりが集まって、根拠も明確でない“心理テスト”で大盛り上がり、というのもなんだか変な話だが、やはりこういう心理テストは皆でお酒を飲むような場では楽しい話題となる。

 私の答えは「個性的な時計」。すでに20年以上使っている今の腕時計が個性的なものというわけでもないのだが、その時“理想の異性”と聞かされて、なるほどなぁ、と妙に納得したのを覚えている。別に異性に限った話でもない、個性的、というか、その人がその人らしくあるということを好むところは確かにあるからだ。

 カウンセリングでも、やはり相談に来られた方がその人らしく生きることを一緒に考えていきたいという思いが強い。「私が私であり、私以外にはなれない」ということは、時につらく苦しいことでもあるけれど、どれだけ自分のことが嫌いで、自分の性格や自分の持つ様々な特性が受け入れがたいものだったとしても、基本的にはそれを元手に生きていくしかない。それでいいのだとも思う。歯列矯正のように、多少の矯正、あるいは修正、はあるかもしれない。嚙み合わせが悪ければ、体全体のバランスが悪くなり肩こりなどの原因にもなることがあるというから、それと同じように、全体のバランスを考え、より健康的に生きることを考えた時に、若干の修正が必要になることもありえる。“矯正”まではしないけれど、化粧をしたり仮面をつけたり、ということもあるだろう。自分らしく生きるといっても、何も自分自身を常にさらけ出していくのがいいとは思わない。自分自身の本当のあり方を知った上で、それを表に出さない、外では多少の化粧をして生きる、あるいは仮面をつけて生きることを選択することだってありうる。化粧の仕方も千差万別、仮面だっていろいろある。大事なことは、自分を知った上でどう生きるかを自分で決めることではないかと思っている。

 

 新年会の場で、西村洲衛男先生が理想の時計についてなんと答えたのか覚えていないのが、今となってはずいぶん残念なことだ。あの場にいて、今もその時の先生の答えを覚えているという人がいたらぜひ教えてほしい。

 

 

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