定点観測

長谷川泰子

 

 美容院に行った。いつも平日の夕方に仕事を終えてから行くので、最後の客になることが多いが、今回も私が最後の一人になった。私を担当してくれている美容師の方はもう30年近く私の髪を切ってくれている。他にお客さんもいないのもあって、気楽におしゃべりをしながら髪を切ってもらって帰ってきた。

 話をしていたら美容師さんが「最近、びっくりするぐらい円形脱毛症の人が多い」と言っていた。「今までこんなことはなかった」ぐらい多いのだという。1ヵ所にできたものが大きく拡がったり、はじめは1ヵ所だけだったものが、次に来た時には何個もできていたりする人もいたりする。美容師さんによれば円形脱毛症はストレスが大きく関係しているのだそうで、「今の(社会的な)状況がこういうところにも出てきているんですねぇ」と言っていた。

 話を聞きながら“定点観測”という言葉が思い浮かんだ。この人は美容師として毎日自分の店でお客の髪を切ったり染めたりしながら、髪を通して社会の変化を見ているのだなと感じたのだ。

 ちなみに手元にある電子辞書(デジタル大辞泉 小学館)で“定点観測”を調べると ①海洋上の定点で、観測船によって行った気象や海洋の国際的な連続観測。日本は四国沖の北緯29度、東経135度の南方定点(T点と呼ばれた)を担当したが、昭和57年(1982年)廃止。 ②ある一定の地点から、気温や気圧、降水量などの気象要素を連続して観測すること。 ③変化のある事象について、一定期間観察や調査を続けること。 と書かれている。美容室で働く人は、確かに「変化のある事象について」、美容室という「一定の地点から」「連続して観察」していると言える。そういえば私がよくコーヒー豆を買いに行くお店の人は、ステイホームが叫ばれるようになってコーヒー豆の売り上げが上がったと言っていた。例えば今まで1ヵ月に1回来ていた人が3週間に1回来るようになったりして、お客さんの来店のサイクルが短くなっていると言う。家で豆を挽いてコーヒーをいれる人も増えたのだろう。コーヒー豆を売る人は、コーヒー豆を通して社会の変化を見ている。

 積極的に外に出て行っていろいろなことを見聞きして、変化を体感しながら観察するようなやり方もあるけれど、1ヵ所にとどまりながら、1つのものを通して社会全体を見るようなやり方もあるのだなと思う。一定のところから一定のものを通して物事を見ていると、基準がぶれない分、変化がはっきりと分かるのではないか。

 

 

 美容室や床屋などには、大体決まった頻度で同じところに行くという人が多いと思う。カウンセリングとよく似ている。実際、カウンセリングに通うことに関連して、「髪を切ってもらう」「美容室・床屋に行く」といった夢を見る人もいる。確かに私たちカウンセラーも、来談者一人ひとりと関わりを持つことで、面接室の中から社会を見るようなところもあると思う。

 

 

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