長谷川泰子
季節外れの話題だが、花粉症である。毎年春先には薬を飲まないと、とても仕事はできない。しかし、私の花粉症、というかアレルギー性鼻炎は、“心因性”の要素も多いと勝手に思っている。ストレスと感じられるようなことがあると12月でも1月でも症状出る。そしてそのストレスのもとがなくなるとあっという間におさまってしまう。
以前、高校の先生たちの研究会に講師として呼ばれて行ったことがある。学校の中で精神的に問題を抱えた生徒の対応を任されることが多い先生たちが集まった会で、1時間の講義を頼まれた。普段は人の話を聞くことを仕事にしているので、人前で話すことには慣れていない。1時間も1人で話すことなんかあるだろうか、時間が余るのではないかと不安になる。
当日は朝から午後の講義のことが頭を離れない。すると、突然鼻がムズムズし始めた。すぐにくしゃみが止まらなくなる。何度鼻をかんでも鼻水がおさまらない。花粉症と全く同じ症状である。毎日仕事をしている部屋にその日も朝からずっといて環境の変化はないし、1月の始めで、花粉が飛ぶ時ではない。
アレルギーの薬を飲んだ方がいいかと迷ったが、これはもしかしたら心因性の症状かもしれない(人前で話すことに対への“アレルギー”)、今日の講義の仕事が終われば治るかもしれないと考えて、薬は飲まず、研究会の始めに緊張からくるアレルギー症状のようです、と断って講義をした。なんとか1時間持ちこたえ、会が終わってほっとしたら、思った通りくしゃみも鼻水もすっかりおさまってしまった。あまりに分かりやすい症状で、自分でも呆れてしまった。
ただ、この時以来、自分の“心因性”アレルギー症状を自覚するようにはなった。同じようなことが起こってもストレスのもとがなくなれば治るだろうとどーんと構えるところも出てくる。厄介だが、このぐらいでおさまるならまぁいいかとも思っている。
花粉症の原因はもちろんスギなどの花粉だが、きれい好き過ぎる環境がアレルギーの発症に関係しているとよく言われる。清潔すぎる環境では免疫力が育たないということらしい。要らない、良くない、害があると思われているようなものでも、それをすべて排除してしまうと思わぬところで思わぬ影響が出てくる可能性があるようだ。
こころに関しても同じことが言えるのかもしれないとふと思った。夢にはしばしば、ゴキブリや蛇、ウジ虫や蜂、クモなど、汚いもの、不気味なもの、気持ち悪いもの、怖いものが出てくる。そういうものに襲われそうになって、大声を出して目が覚める、というようなことも珍しくない。どうしてこんなものが夢に出てくるのか分からないが、しかし自分の夢に出てくるのだから自分自身のなかから出てきたものには違いない。私たちのこころのなかに、汚い、不気味、気持ち悪い、怖い、そんなふうに見えるような“何か”があるのだろう。例えば、ゴキブリみたいに暗くジメジメしたところをこそこそと這いまわるようなところだったり、蜂のように攻撃的で気に入らないことがあるとすぐに怒って相手を刺すようなところだったり、そういった何かを持っているということではないだろうか。
汚いところや良くないところ、悪いところはなくすべきだと、清潔志向でこういったものを切り捨ててしまうと、やはり思わぬところで思わぬ影響が出てくるのではないかと思う。なによりそれは自分のこころから出てきたものであって、自分の一部なのだ。嫌だからと簡単に切り離して捨ててしまうことはできない。切り離したつもりでもどこかに潜んでいて、夢で見たように思わぬところで思わぬかたちで自分に襲いかかってくるようなこともあるかもしれない。
ゴキブリはとても生命力は強い生き物だ。どれだけ人間が頑張ってもゴキブリの根絶はとても無理だろう。例えば夢にゴキブリが出てきたということは、こころの中に強い生命力、エネルギーがわいてきたということかもしれない。新たに出てきたパワーは始めはどういうものかよく分からない。暗闇にうごめく不気味な動きに感じられ、それがゴキブリみたいなものに感じられるのかもしれない。少し辛抱してこのパワーが変化し成長していくのを待っていると、別のものに見えてくる可能性だってある。
自分のこころのなかにあるいろいろな要素を簡単に切り離すことなく、抱え続けていくことが変化につながっていくのではないかとも考えたりした。