強い鍼 穏やかな鍼

長谷川泰子

 

 腰痛がなかなか良くならなかったので鍼に行きました。同じようなタイプの腰痛になった人が鍼で良くなったと聞き、試してみたのです。鍼治療は初めて、もともと大の注射嫌いということもありはじめ少し怖かったのですが、実際にやってもらったら全く痛みは感じませんでした。今は気に入って定期的に行っています。

 鍼に詳しい人に聞くと、鍼にもいろいろなタイプのものがあり、やり方も様々なようです。私の知り合いの美容師さんはぎっくり腰になった時にすぐに鍼灸院に駆け込み、翌日もお客さんの予約が入っているし治らないと困ると言ったところ、思わず叫び声をあげるような強い鍼を腰に打たれたと言っていました。翌日、仕事前にもう一度鍼を打ってもらい、それで仕事ができたのだそうです。

 私がやってもらっているのはそういった強烈なものではなく、いつ打たれたのかもほとんど分からないような穏やかな鍼です。1回の治療でいきなり腰痛が全快するわけではないですが、鍼治療が終わると軽く運動をした後のような気持ちの良い疲れを感じて、今まで体にたまっていたものが出たような気もします。そして鍼の帰りは決まって車の座席の位置を今までよりも少し後ろに動かしたくなります。リラックスして体がゆったりと伸びるから、それまでの位置だと狭く感じるのだと勝手に思っています。

 

 鍼治療に行ってみておもしろかったのは腰痛だからといって腰だけを診るのではないことです。睡眠や食事など日常生活の様子についても詳しく聞かれ、その上で足や腕、お腹や肩など、全身を診ます。診るといっても“見る”のではなく“診る”、軽く触って状態を確認するような感じです。鍼を打つ場所も腰だけではありません。足にも腕にも肩にも打つのです。しかも1ヵ所鍼を打ったら、あちこちの様子を診て確認し、また次の鍼の場所を探し、というとても丁寧なやり方です。

 実際に体験してみると、鍼治療はカウンセリングにも似ているところがあると感じました。カウンセリングでは問題になっていること、今困っていることについてももちろん詳しく話を聞きますが、それだけでなく家族のことやこれまでの人間関係、今までどうやって生きてきたか(生育歴)などについても詳しく聞きます。今出てきている問題は全体の中のひとつであって、その背後にはそういった問題が出てくるような“なにか”があるのです。表に現れた目の前の問題だけでなく、見えないところも含めた全体を見ていないと表面に出てきているものが引っ込んだとしても、別の形で別の問題が出てくるかもしれません。

今まであまり注目しなかったところ、そのままおきっぱなしになっていたことにも触れて、改めて考える、そして常に全体を見ながら、その人なりの生き方を考えていく、そういったやり方が、様々なところにゆっくりと鍼を打って刺激を与えていく鍼治療に似ているような気がしました。

 カウンセリングは即効性を求めるものというよりじわじわと効いてくるものだと思いますが、鍼に強い鍼があるように、強力なやり方もあります。以前、よく檀渓心理相談室の研究会に来ていただいていた小倉清先生は強い鍼の使い手だと言えるのではないでしょうか。以前、小倉先生は1回の面接で治療を終わらせるぐらいのつもりで1回目の面接から言うべきことを言うと話していました。はじめからズバリとストレートに問題点を突くのだから、相当にきついと感じられるかもしれません。知人の美容師さんのように、思わず叫び声を上げるような強い鍼にも似たやり方です。小倉先生は、自分のところに来る以上はそれでやる、それが嫌な人は他の人のところに行ってくれて構わない、他にも自分を待っている人がたくさんいるんだ、とおっしゃっていました。実際、小倉先生のところには小倉先生じゃないとという難しい問題を抱えた人がたくさん来るのです。本当に1回で終わらせるわけではないけれど、小倉先生は自分が何をするべきか分かっているからこそそれぐらいの意気込みで真剣勝負の仕事をしているのであって、それが小倉流なのだと思います。

 

 私が今やってもらっているのは穏やかな鍼です。体を診てもらって自分では気がつかないところを指摘されると、自分のこころの状態や生きる姿勢にも気づかされたりもします。すぐに目覚しい効果があるわけではないけれど、続けて通うことでゆっくりと良い変化が現れてくるような気もしています。