査定セミナーの感想

このお盆休み、暑さしのぎに13,14,15日、3日間セミナーを開いた。第一日は心理療法のための査定、第二日は箱庭療法の解釈、第三日はバウムテストであった。

最初の査定は、初めに、初回面接の訓練として私の半生を一時間ほど話して、その後記録を作成し、読み上げてもらった。五人それぞれにまとめ方が違っていて面白かった。

私が話していて、何度も同じようなことを言っていることに気づいた。

田舎者で世間知らずの私はいつも新しい局面でどうしたら良いか戸惑って、その度によく見て、それはどういうことだと考えるのである。人の考えをありのままに素直に取り入れられない私はいつも自分の見方考え方で推し量るのを常とした。それが今の変わり者の私を育てたのであろう。このことに気づいた人はなかったので寂しかったが、五人のカウンセラーに自分の半生を語って得るものがあったので、私のためのセミナーにもなった。

次に、ある大学院の紀要に載った事例の来談経過と家族構成の短い資料を素に、子どもがどのような問題に直面しているかを考えた。

臨床心理士はクライアントの抱える問題行動、不登校や暴力、破壊、愛着関係などの問題を如何に解決するかを考えているが、私の臨床心理士としての立場は、クライアントが起こしている問題行動から内的に生じている成長のプロセスを読むこことを大切にしている。

このアプローチは、笠原嘉の『青年期』で取られている病理法という研究法である。

精神科医笠原は青年期によく起こる精神疾患から人が青年期に当面する心理的課題を探求した。青年心理学としては大変ユニークで、心理療法に役に立つので、臨床心理士の必読書にあげておきたい。

私はこの病理法をケース理解に適用しているといえる。周囲や本人が困っている問題行動からクライアントが当面している心理的な問題を考えるものである。

半ページにも満たない資料を素にいろいろな側面から人を眺めてみると、社会学、歴史、発達、人格、知能、家族など様々な知識が必要で、心理臨床には医学に匹敵するほどの知識が必要だと思った。五十年後か百年後に今から考えられないほど精緻な教科書が出来上がることを期待する。

 

第二日は箱庭療法であった。

丁度、以前に作られた箱庭があったので、先ずそれを記録紙に描写し、その箱庭をどう見るか書いてもらった。その書かれた内容を見て、私は一瞬絶句した。そのことを四人の参加者が気づいたかどうか不明であるが。四人がそれぞれに違い、また、四人と私の見方があまりに違うので、この先どう教えて良いか戸惑った。

私の箱庭の見方は、私の関係の研究会では誰もが興味深く聞いてくれるので、誰もがある程度できるのではないかと思っていたけれど、その違いに我ながら驚いた。私の見方の基本を伝えることを半ば諦めた。私の箱庭解釈は人間国宝級と我ながら思うけれど、現実に他の領域の本当の人間国宝の後継者は誰もいない。人間国宝を作る技は誰にも伝えら得ないのである。私は一人楽しむ以外にないと諦めることにした。

 

第三日はバウムテストで、参加者は二人だけ、寂しい会であった。

人数が少ないと気のやり場がなく、内向的な私は疲れる。また、様々なバウムの資料を眺めるだけの研修なので疲れた。「疲れるね~」と言いながら続けた。

もう二〇年か三〇年くらい前の大学生のバウムを見た。今見るとどれもしっかりしている。精神的に成長したバウムを見ておくと、成長していない人のバウムを見た時おかしいところがわかる。

その後、これも三〇年くらい前の小学校一年生から六年生までのバウムを見てもらった。学年が上がればバウムが代り、クラス毎担任が違うのでバウムの雰囲気が違う。明らかに担任によってバウムの現れ方が違うところを見てもらった。これと同じようにカウンセラーによってクライアントの出してくるものが違うことを自分の目で見てわかってもらった。

私はほとんど何も教えず、沢山のバウムを見て学年の特徴、性差などを感じてもらった。

私たち心理臨床家は沢山の事例を見て、心に収めておくことが良いと思う。フロイトの精神分析やユング心理学も一つの見方であるが、それに頼っていると視野が広がらない。自分で学び取ったのもが身につき、経験を重ねることが視野を広げ、自分で考えることが進歩をもたらす。

かなり疲れたが、私にも有意義なセミナーであった。