僕を産んでくれてありがとう

ある児童養護施設の人の話。

結婚式の招待状が来たので行ったところ、新郎の側200人くらい、新婦の側100人くらいが招待されていた。新郎は母親も出席している披露宴の挨拶で、「僕はここにいる母親に一度も愛されたと感じたことはありません。しかし、みなさんのお蔭で結婚することが出来て、このように沢山の人に祝福していただくことができました。母親が自分を産んでくれたお蔭で自分はこのような経験をすることができました。母親が僕を産んでくれたことに感謝します。」と。

彼はその施設ではとても暴力的で自傷行為もあったので自立支援施設へ送らざるを得なかった子どもだった。その子が世話になった人々を沢山招待して、自分が生きてきた思いをみんなの前で言わないではいられなかったその心が忍ばれた。

自傷他害の酷い子どもだからこそこれほどの真実を言うたましいをもっているのではないか。問題の多い子どもはまともな心なんて持っていないと思いがちなのだが、反対に問題が大きいほど、理不尽なことに怒るたましいを持っているのではなかろうか。

以前にも別の施設でこのような話を聞いたことがある。中学生の女の子が、「お父さんとお母さんは離婚して今はそれぞれの生活をしているけれど、私を産んでくれたことには感謝する」と。
人は愛されると、たましいがこのような感謝の言葉をつぶやくようになる。