人間のバランスの中枢機能を仮定する

私たちの血圧、体温、皮膚の潤いなどは一定の状態を保つようになっている。身体の何処かに、そうゆう身体のそれぞれの部分を総合的にまとめて一定にしている、全体の統括機能が備わっていると仮定したい。肥満で気になる体重も、ある程度の増減はあるものの、生活を程々にしていると、一定の状態に保たれているように思われる。人間は、それぞれ自分を一定の状態に保っているバランス機能、つまり、中枢機能を持っている。

それは身体だけでなく、心の面もすべて統括するものと考えたい。

私が、ある大学の学部入試委員長になって、1ヶ月位経ってから、胃の具合が悪くなったので、内科に受診した。すると、逆流性食道炎と診断された。胃の上部に、胃の内容物が食道に逆流しないようにしている括約筋が緩んで、胃酸が食道に登ってくるのである。原因は入試のストレスである。その時、その年度の入試委員会はメンバーが決まったばかりで、未だ問題作成にも入っていなかった。これから問題作成委員会を立ちあげなければならないという時に、逆流性食道炎は発症したのである。これから生じるであろう、ストレスを予期して、胃の締りを司る括約筋が、緩んでしまったのである。この逆流性食道炎は、私だけでなく、他の大学で入試委員長になった人にも起こったので驚いた。つまり、自分にとって過大な仕事を飲み込むと、まるで甘いモノを過食したような状態になるのではなかろうか。逆流性食道炎は、甘い餡こものをたくさん食べた時に起こる、胸やけの持続的なものである。

ある人は仕事のストレスのために肛門の括約筋が緩み、便が漏れる。あるいは、出社前に必ず駅のトイレに入らならばならない。そういう悩みは、密かに抱え込まれていて、人に知られることが少ない。

最近、腰痛はストレスに原因があるとみなされるようになった。これまで腰痛の原因として腰椎のヘルニアが原因と考えられたが、腰椎のヘルニアがストレスで生じるのである。背中を支えている筋肉がストレスで緩み、腰椎が圧迫されヘルニアが起こり、腰痛になるのである。大体腰痛は責任が重くなる時に発症する。ある方は教員募集に応募して、採用されることになった。それからしばらくして、腰をかがめて物を持ち上げようとしたとき、ギクッと腰に痛みを感じ、動けなくなった。つまり、腰痛とは重い責任を引き受ける時になる症状である。私の知る先生は、ある責任のある地位につくことになったとき、腰痛になられたという。ある人は、家付きの娘さんと結婚した後、腰痛を発症した。ストレスの原因は、奥さんを幸せにしなければならない、という責任の荷重であろうと私は思っていたが、黙っていた。他にも同様な人があったからである。

このように、人の心理的ストレスを冷ややかに見ている私は、どこか見知らぬところへ行かねばならないときに、必ずといってよいほど皮膚炎を発症する。手や足に出てくる。今年1月末サンフランシスコに行った時も、その2週間くらい前に、膝の辺りに皮膚炎が出てきたので、来たなと思って荷物のパッキングをしたら、治っていた。また、別のところに皮膚炎が出てきたが、これも現地に行けば問題ないはずだと思っていたら、その通りになった。以前は、京都で開かれる学会に向かうだけでも、その前に痔になって出血していたので、それに比べると、目に見える皮膚炎だけで随分軽くなっている。私のこのような心身症を知る人は、「カウンセラーなのに自分の心身症も治せないのか」と笑う。笑われてもどうしようもない。今、この中枢統括機能をコントロール出来る人はだれもいない。

私は、自分の身体に生じるいろいろな症状を見て、自分の心や身体のバランスを考えている。私たちの中の中枢統括機能がうまく働いて、心身の症状を出しているのだから、心身のアンバランスの指標を、大切に見守りたいと思っている。しかし、私の主治医は薬が好きで、つい先ごろ仕事を抱えすぎて再発した逆流性食道炎に対して、胃酸の分泌を抑える薬を服用しなさい、と迫る。私は、自分の仕事の取り込みすぎを是正しながら治していきたいので、医師に「薬は飲みたくない」と断る。代わりに睡眠導入剤をもらってくる。それも眠れないときは1時間半しか効かない。やはり眠れないときは、「今日の仕事を明日に延ばすな」ということで、起きて頭を働かせる仕事をしなければならないようである。私はこうして心身のバランスを図っている。

今の医療は、病気は悪いものだから治すべきだという考えで、出てきた症状を薬物で押さえ込むようにしている。しかし、人間の中枢統括機能から考えると、症状は、心身のアンバランスの大切な指標だから、それは消してはいけない。却って大切にして、心身のバランスが回復するのを待つ方が、健康のために良いのである。いつかこのように症状を心身のアンバランスの指標として、大切にする考え方が広がってくるのではないかと思う。

今、医学全盛の時代で、日本の健康保険は世界一良いシステムになっていると思う。現代の医療制度のお陰で、私の老後も余り心配しなく、何とかなると思っている。それは、「すべての病気は治さなければならない」という観念に支えられている。それを「病気は余程のもの以外は治さない」という考えに基づくと、多分、今の医療制度は崩壊し、多くの開業医は破産する。症状を治さない医療へと徐々に変化してほしい。それには長い時間がかかり、私が生きている時代では無理ではないかと思っている。自分で自分を守るために、自分の内面にある中枢統括機能を大切にしたい。