礼について

 聖徳太子の17条憲法を読んでもう一つ印象に残ったのは礼についてであった。

私は礼を守っているだろうかと省みたとき、自分に何か欠けているものを感じた。私の面接スタイルについてもだらしがないと感じている。私の小回りの利く事務机では坐禅のスタイルにはならない。朝九時から5時まで、時には8時まで座り詰めだから、つい楽な姿勢をとってしまう。

 そういう私だから最近はクライアントにきちんと礼をし、きちんと座って話を聞かねばなければならないと感じている。心に余裕があるときは意識してきちんと礼をしなければならないと思う。正面から向き合ってきちんと話を聞かねばならない。このきちんとした姿勢はすぐに崩れる。長い間の習慣からだらしない姿勢になってしまう。これを改め、礼をし、威儀を正して聞くと、クライアントもそうなるのではないか。

 ある禅の坊さんが、昔、ロダンの考える人の像について、あんな姿勢で考えたってろくな考えは出てこないと書いていた。まともな考えを導き出すには姿勢が大事だというのである。

 野球のイチロウさんは何かの決断をするとき、朝考えて決断するとインタービューで言っていた。夜は様々な夢想的な考えが広がるので、書き過ぎがある。朝見直すとそれがよくわかる。

 私たちは社会的に何かをするとき、常に相手を意識して、対等な関係でものをいう姿勢を習慣化させる必要があるのではなかろうか。礼が私の面接にも、何か原稿を書くときにも必要なことを意識させられた早春だった。