新しい箱庭療法へ

去る9月14日に行われた日本心理臨床学会第31回大会の自主シンポジウムで「これからの箱庭療法を支える基本的な考え方」を話し合った。

弘中正美先生はジェンドリンの体験過程に基づいて概念以前の心理を、幸子・リースさんはカルフ箱庭療法の背景となるユング心理学と無意識の世界の中に入って行くことの重要性を、大住誠先生は瞑想箱庭療法を、私は対話的箱庭療法を紹介した。

4人の共通点は無意識の世界に遊ぶことの重要性を強調したことであった。

大住先生の瞑想箱庭療法と私の対話的箱庭療法は、瞑想と対話という違いがありながら、深層心理の深いところに関わることが大切であることを強調している点で共通していたので嬉しかった。

大住先生は面接場面においてクライエントが箱庭を制作している間、クライエントに背を向け瞑想して石か木のようになって、治療者的態度を捨てることが効果的であると主張された。治療的態度を捨てると主張しながら、瞑想箱庭療法の効果を医療の側から測定評価しておられるところに堅実さを感じた。

私は大住先生に習って積極的に箱庭療法を勧めるやり方を取ったのだが、玩具棚から玩具を選んで箱庭を作ること自体が遊びの世界に誘うので、その遊び心によって深層心理に入って行くのである。遊び心となると自ずから深層心理が現れてくる。人はこの深層心理に支えられている。別な言い方をすれば、箱庭のイメージに現れたような情況で生活しているのである。

父親とやってきたある中学生に箱庭制作を勧めると、真ん中にバルタン星人とウルトラマンが対峙しているところを作ったが、出来上がってみるとそこは空白になっており、左端の家の陰でネズミが様子を伺っているシーンを作った。私は「なぜバルタン星人とウルトラマンを取り除いたのか」と聞くと、彼から「自分は戦いが嫌いだから」という答えであった。ソンディ・テストの結果では彼は博愛的だと顕著に出ていたので、「君は確かにみんなと仲良くしたいと出ている」と言った。(このように私はクライエントに自ら浮かんだ感想を投げかける対話的箱庭療法を展開している。)

その後彼の父親に面接してみると父親は、母親と互いに包丁を持って激しくケンカをしている夢を見ていた。前回は夫婦で来談され、なかなか仲良しのご夫婦だと思った。父親は子どもの前で夫婦ケンカをするのは良くないので決してしないと言ったけれど、子どもの心の目には夫婦のいさかいが、バルタン星人とウルトラマンの戦いとして見えているのであった。

私たちはこのレベルの心理に関わっているのである。

大住先生と私の共通点は、この真ん中の空白の中に中心的なものが出てくることが大切だと考えている点であった。

この中心的なものは曼荼羅ではなく、自分を中心とした主体的な生き方をする自我の視座と言っても良いものである。ユングの自我を超えた元型としての自己ではない。ユングの自己は神とも言えるものであるから、主体的自我とは異なる。

私たちが心理療法によって見出さねばならないものは、何者からも独立した自分である。自由に主体的に生きる自分があって、社会的な関わりが出来れば、自分なりの幸せな生活ができると思う。先に述べた中学生の事例では、主体的な自分は左端の家の陰でネズミとなって様子を覗っているのであった。

私たちは箱庭療法によって、この中心的なものを探し求めている。

それは治療というものと全く違う次元のものではなかろうか。私たちは病気や症状を治すことはできない。虐待の過去も消すことはできない。私たちにできることは過去の経験から自由な自分を取り戻すことである。それを大住先生は沈黙の中で、私は率直で謙虚な対話の中でそれを求めていると思う。これが新しい箱庭療法である。

今回は以上のようなことがわかった有意義な自主シンポジウムであった。

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