村上春樹『1Q84』を読む 1

 村上春樹『1Q84』を読んだ。なかなかおもしろかった。

 これまで読んだ村上春樹の小説は私には不可解であった。井戸掘りのテーマもなかなか突き抜けることができなくてもどかしかったし、『海辺のカフカ』もあちらの世界に行くのだが、行ったところは動きのない死の世界であった。セックスと殺し、死のテーマがあって生きていない部分があった。村上春樹の世界はファンタジーという作り物の世界もあまり生きていない、頭で考えだしたようなところがあって、自然でなかった。井戸掘りのテーマがなかなか成功しないように、本当の自然の生きたファンタジーになっていないような気がしていた。それで敬遠していた。ただし、『遠い音』や『辺境・近境』といった旅行記は抜群に面白く、心理臨床家のための100冊の本に挙げたい。心の目に映った事象を書いてある。それは小説を書く練習のためだと書いてあった。心理臨床家は心の専門家と言いながら、心の現象を書きとめる技術を持っていないからである。

 今度の『1Q84』はとても面白い、本当のファンタジーがある。

 BookⅠの扉に、「ここは見世物の世界 何から何までつくりもの でも私を信じてくれるなら すべてが本物になる」 これは本物である証拠であると思って最初から興味を持って読み始めた。読み始めたら止まらなかった。

 この小説は村上春樹がエルサレム賞の受賞講演で話した「壁と卵」のテーマ、つまりシステムと心の問題を描いた小説である。心がシステムによっていかにつぶされているか、システムという人間が作ったものが、それがいかにも人の心を支えるように見えながら、それによって人は死なざるを得なくなる、システムにとらわれた卵が壊れて行く様を描いた小説である。

 「システムと心」の視点をこの小説によって与えられ、心理臨床の世界が別の角度から見直されてきた。精神分析、ユング心理学、DSMⅣ-TR、認知行動療法、薬物療法などなど、これらは心の障害を解決する手段であるように見えながら、心そのものを言えなく感じられなくしている、心理臨床家の防衛の鎧ではないか。それらはいつの間にかシステムとなり、心の専門家はシステムを学習して、システムから心を理解するのが専門家と考えるようになってしまっているのではないか。ともすれば心の専門家はシステムを通してしか心を見ないのではなかろうか。

 心理臨床家は専門家として心理学以外の本も広く読まねばならない。この本は心理臨床家のための100冊の本の一冊に入れたいと思う。