旅が心を育てる

 臨床心理士Aさんの事例発表を聞いた。とても深みのある心理面接になっていたので、彼女の最近の成長の著しいことに改めて気がついた。何が彼女を成長させたのか。振り返ってみると、彼女の最近の変化はここ2,3年のことである。

 ここ2,3年彼女は旅に出ている。外国への一人旅、あるいは友達との旅、この旅が彼女を成長させているのではないかと思った。

 昔、女性は旅に出た。結婚したら家に縛られるので、その前に世の中への見聞を広めるためであった。私が若い頃、ワンダーフォーゲルが入ってきた。ドイツの若者は旅をして学ぶということだった。ユースホステルもでき始めた。私には憧れはあったが、今の若者のようにバイトで金を稼いで旅に出るという考えはなかった。バイトは生活費を稼ぐためだった。旅に出られたのは恵まれた人々であった。バイク一人旅の小澤征爾さんやローマに渡った塩野七生さんは目的のある旅で、ただ、観光の旅は少なかったのではなかろうか。

 Aさんの旅は観光である。この旅で昨年はパスポートを落とすという失敗もあったが幸い見つかって、予定通り空港を出ることができたこともあった。この観光だけの目的の無い旅、失敗もおこる旅、それが彼女の心の成長に作用しているのではないか。

 外国へ、特に、一人で出かけると自分の行動や判断に自分で責任を持たねばならない。目新しいものに心を奪われ、しっかり見る。しっかりと見て考え責任をもって行動する。あらかじめ旅行案内書によって調べ、インターネットによってホテルを予約し、交通機関も調べていくのだが、未知のことは一杯である。行った先で何が起こるかわからない。危ないこともあるかもしれないが、うれしくなることも一杯ある。写真集を見るとその驚き、喜びがいっぱい詰まっていることがわかる。その心の躍動が心を広げ深めているように思われる。

 生まれ育ち馴染んだ環境から一歩出て、新しい世界を見る。行った先々で人々の生活を見る。土地の食べ物を味わう。自分の心に新しい経験が開かれる。そういう新しい世界の経験がクライエントに会うときに心の深いところで作用し輝きを与えているのではなかろうか。Aさんに出会うクライエントは自分の知らない世界への跳躍の勇気を与えられるのではないかと思った。

 素敵なカウンセラーになるために旅に出よう。閉じこもりから脱するために遠くの見知らぬ国へ旅に出よう。

 

 

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