箱庭療法の起源

 お土産物屋で元祖何々というのを見ると少しこっけいな感じがするけれど、学問の世界ではどうであろうか。精神分析はフロイトに始まり、ユング心理学はユングに始まる。では箱庭療法はどうか。

 箱庭療法は河合隼雄に始まる。と言いたいくらいである。

昨日、日本箱庭療法学会主催の全国研修会が京都で行われ、午前中、河合隼雄先生の追悼講演を樋口和彦先生がなさった。

 

 河合隼雄はドラ・カルフに箱庭療法を学び、日本に持ってきて広めた。日本には古来箱庭があったので、箱庭療法は爆発的に広がった感じがある。

 カルフも度々日本を訪れて事例を発表したので、参加者の関心を集め、外国崇拝の日本人の心性に合って、箱庭療法を一層広めることに役立った。

 カルフの事例報告ははじめは一つ一つの玩具の象徴的な意味の説明に終始した。次にはマンダラを強調した。しかし、このような象徴解釈に頼る箱庭療法は河合隼雄先生の好みには合っていなかった。カルフは日本で事例を発表し、河合隼雄先生に見てもらいながら、スーパービジョンを受ける結果になっていたと思う。カルフも河合隼雄のスーパービジョンで成長したのである。一つの事例を引っさげて日本にやってきてスーパービジョンを受け成長して輝くカルフを私たちは見ていたのである。

 カルフはSand Spielを河合隼雄先生に教えたが、箱庭療法は河合隼雄先生によって心理療法として発展していったと考えて良いのではないかと思う。親鸞上人によって開かれた浄土真宗が蓮如によって広められたのと少し似ているが、箱庭療法の場合、河合隼雄によって本当の心理療法としての箱庭療法になったのではなかろうか。

 樋口和彦先生は追悼講演の中で、箱庭療法についてカルフから話を始められたが、その起源はロンドンのローエンフェルト、M(Lowenfelt,Margaret)にある。

ローエンフェルトは1938年パリで開かれた学会でThe World Technique(世界技法)の名前で新しい子どもための心理療法の技法を紹介した。それは1939年British Journal of Medical Psychologyに掲載された。(それは浪花博によって訳され京都市カウンセリングセンターの研修資料として使われた)この技法は、子どもたちが砂箱にミニチュア玩具を並べて遊ぶもので、作られた作品について、誰とはなしにつけた名前がThe Worldであったので、The World Techniqueとして発表されたものである。この技法は心理の一次過程(衝動)に関わるもので、転移と関係なくやれる心理療法の技法であると彼女は述べている。当時はアンア・フロイトがロンドンに居たので精神分析を意識して、転移とは関係なくやれる技法として発表したのである。

 この研究を知っていたユングがカルフに子どものセラピストになることを勧めたときにローエンフェルトに会いに行くように言ったのである。カルフはロンドンのローエンフェルトに学び、世界技法をSand Spiel(砂遊び)として始めたので、元祖はマーガレット・ローエンフェルトである。

 ローエンフェルトははじめミニチュア玩具と砂箱を別々のものと考えていたが、子どもたちがこれらを結びつけたのである。彼女はこの遊びをH.G.ウエルズの『Floor Game』と同じものだと見ている。ウエルズは有名な『透明人間』の著者で、この『Floor Game』は訳されていないようであるが、二人の兄弟が2つの国を作って戦争遊びをしたというものである。

 ローエンフェルトのクリニックでは、ミニチュア玩具は子どもたちの心をいたずらに刺激しないように扉のついた棚に仕舞われていた。それに対して、カルフは玩具を扉のないオープンな棚に玩具を並べて、全てが見えるようにしたという点でローエンフェルトの世界技法と大きく異なっている。ローエンフェルトが沢山の玩具に刺激されて子どもの衝動が爆発的に解放され、混乱するのを恐れたのに対して、カルフは子どもの心を信頼し、玩具の全てを広げて提示した。子どもの自制力に対する信頼という点で、カルフは大きく前進したといえる。

 カルフは子どもの自制心を信頼したが、ユング派の象徴論を鵜呑みにして、箱庭使われた個々の玩具の象徴的な意味を説明したり、マンダラに関心を持ちすぎて、玩具による表現の底流にある深層心理への関心は薄かった。

 それに対して、河合隼雄は箱庭表現の背後にある深層心理の流れに注目していた。だから表現されたものについての表面的な解釈はあまり重視しなかった。そのような表面的なものへの関心が深層への関心を妨げると河合隼雄は考えていたと思う。河合隼雄はああでもないこうでもないと言うよりも、ああもこうも考えられると多方面的に考えていたと思われる。次に何が出てくるかということが大切であった。次に出てくるものへの注目は、当然表現されたものの背後にある可能性への注目となる。この人間の可能性の尊重が河合隼雄の特徴で、これでカルフの「砂遊び」から「箱庭療法」へと発展したといえるのではなかろうか。ローエンフェルトの一次過程へのかかわりという考え方は、カルフの考えの中にはなかったが、河合隼雄によって再び甦り、生きてきたのである。河合隼雄は箱庭表現を味わうと言ったが、その真意は一次過程、深層心理に動くものへの関心を強めることにあったと思う。

 このような経緯から、私は箱庭療法の元祖はローエンフェルトにしたいと思うのである。親鸞の教えを蓮如が広げたごとく、ローエンフェルトの考えは河合隼雄よって真に深められ箱庭療法になった。これからはHAKONIWAとして“世界”に広まって行くことを期待したい。