面接ができるまで

 人に勧められてフランスのドキュメンタリー映画『合唱ができるまで』を見た。そこで面接ができるまでということを考えた。

 『合唱ができるまで』というドキュメンタリー映画はパリの各区にある音楽院で行われている授業風景を撮影したものである。

 パリの各区にはカルチャーセンターのように運営されている音楽院があって、そこで合唱を素人に教えることができるようになっている。素人が合唱に参加することによってずいぶん心を癒されることがあると紹介のパンフレットには書いてあった。どうやって発生するか、声の抑揚、強弱、リズムの取り方、リズムの際立たせ方、感情の籠め方などなど指導され、子どもや青年大人のグループ、そしてオーケストラをそれぞれ別々に指導し、それらを合わせて一つにし、音学から音楽を作っていく様子が紹介されていた。音学から音楽に変貌していく様子とすばらしい指導者の導きが心に残った。私はかってこのような指導の様子を吉田雅夫さんを通じて知っていた。音楽を作るところではどこでもこんなことをやっているはずである。

 

 私たち心理臨床の現場ではどうであろうか。私たちは個々の心理分析から面接を作り上げることはない。いきなり面接して、その結果を省みて、次に望むのである。その反省が次の面接にそのまま役に立つとは限らない。具体的なことは役に立たない。経験した面接の内容に思いをめぐらし、心のありようを掴んでいくことによって、クライエントの話の内容をより物語的に、心の流れとして感じることができるようにしていくのである。次にはどのようになるかわからないことに対して心を深めていくことしかできない。私たちはこうして面接ができるまで努力している点では合唱をつくる人と違いは無いのではなかろうか。私は面接が終わった後に観客に喝采されるような経験をしてみたいものである。