NHKで放映された日本人バイオリニストHIMARI(ひまり)さんの特集番組を見た。彼女は現在14歳、アメリカの名門音楽学校に在学中で、昨年はソリストとしてベルリンフィルと共演して大きな話題となった。動画サイト内には彼女の演奏を視聴できるものもあるが、素人が聴いてもものすごい才能の持ち主だと分かる。14歳ですでに大人の演奏だ。
彼女が現在通っている学校は、合格すれば何歳からでも入学できるのだという。もちろん入学するのはとても難しい。1年で入学を許されるのは数名程度。HIMARIさんは10歳で入学したそうだ。
番組で個人レッスンの様子を映していたが、もっと練習に時間を割きたいというHIMARIさんにアイダさんというバイオリンの先生が練習しすぎだと言っていたのが印象的だった。彼女の力なら練習すれば完璧な演奏も目指せる、しかしそれを目指すのは好ましいことではない、ということらしい。もっと間違えてもいいとHIMARIさんに話していた。
何かをしようとする時、完全なものを準備できれば確かに安心だ。欠けたもの、足りないものがあるとどうしても不安になる。間違えるのではないかと焦る。しかし完全なものには隙がなく、動きがない。何かが完成されればそれが最終形となり、あとはそれを守ること、維持することが重要になってしまう。そうなるとあとは同じことの繰り返しだ。変化はなく、新しいものも出てこない。整った美しさはあるかもしれないが、人のこころを動かすような何かが失われていくのではないだろうか。
不完全さは弱点にも感じられるが、完全でないからこそそこに動きや変化が生じるのではないか。そこで間違いが起こるかもしれない。しかし動いているからこそそこから新しいものも生まれてくる。結果的には間違いとなるかもしれないが、新しい可能性へとつながるものもあるはずだ。だからこそ「もっと間違えてもいい」。間違いがなければ新しい可能性も生じないのではないか。
