食べ物の好き嫌いはほとんど無い。好んでは食べない、というものはいくつかあるが、食べられないというほどでもない。
子どもの頃は苦手なもの、例えばピーマン、があったが、そういうものもいつの間にか問題なく食べられるようになった。ただ唯一、どうしても牡蠣だけは大人になっても食べられなかった。味以上に見た目が問題だったのかもしれない。子どもの頃になんとなく気持ちが悪いという印象がインプットされたようで、30歳を過ぎるまで一口も食べられなかった。
ところがある時、雑談の最中に「あんなおいしいものが食べられないなんてもったいない」と言われ、ふっとチャレンジしてみようかなという気持ちがわいた。ただの雑談、おしゃべりで、食べたほうがいいと勧められたわけでも、食べろと強要されたわけでもない。それまでも同じようなことを言われたことは何度もあり、それで気持ちが動かされることもなかったのだが、どういうわけかその時はチャレンジしてみてもいいのかもしれないという気になった。抵抗感があるものを口に入れることへの不安はあったが、一方で、食べたらどうなるだろうという好奇心のようなものが動いたのかもしれない。
苦手な牡蠣にチャレンジしてみようと思うと別の場で話をしたところ、的矢(まとや)の牡蠣を勧められた。クセがあまりなく、初心者でも食べやすいと言う。三重県志摩市の的矢湾でとれるブランド牡蠣とのことだが、わざわざそこまでしなくてもと、はじめはその提案を真剣に聞く気にもなれなかった。そもそもちょっとした思い付き程度の試みなのだ。今まで牡蠣が嫌いだと言っていた人間がそんなぜいたくなものを食べるのも大げさすぎる。しかし提案してきた人は、実際に味わったこともある上で、せっかくチャレンジするなら食べられるようになったほうがいいだろうと勧めてくる。それを聞くうちに徐々に私も心が動いて、それならいっそ的矢まで行って食べてみようと考えた。私にしてみると一大イベントである。
今から考えると、そこまで行ってお店に入り、自分で注文したのにも関わらずやっぱり食べられないとなったら一体どうするつもりだったのだろうと思うが、結局はこの大げさなチャレンジが功を奏して牡蠣が食べられるようになった。今ではもう好んで食べるほどである。私の場合、ただの食わず嫌いだっただけで、だからこそ話が大げさになり、食べるための舞台設定がきっちり出来上がったのが良かったのだと思う。それなりの手間と時間をかけて場を整える過程が、苦手なものを受け入れる気持ちを作り、食わず嫌いの解消につながったのだろう。
岡本かの子の小説に「鮨」という作品がある。魚が嫌い、野菜は好まない、肉は絶対に食べられない、つまりは食べることに抵抗がある子どもが食べられるようになる話だ。話の中で、抵抗があるものを受け入れるための“舞台”が作られるのだが、そこでの子どものこころの変化が印象的だ。受け入れられなかったものをしっかりとかみしめて飲み込む、そのことを通じて子どもは世界全体を受け入れ、そこで生きることを飲み込み、納得していったのだと思う。この話を読むと、食べることの持つ様々な意味を考えさせられる。
岡本かの子は太陽の塔で有名な岡本太郎の母で、この小説は1939年に発表された作品だ。今では青空文庫でも読むことができる。とても美しい小説なので、興味のある方は読んでみてください。
