つながろうと思えばSNSで簡単につながりを得ることができる時代ではあるが、それでもやっぱり友だちを作ることは難しい。求めているのは本当に気が合う友だちだが、そういった相手はすぐに見つけ出せるものでもない。親友と呼べるような人をひとりでも得ることができれば、それだけで大きな幸運だと言えるだろう。
学校を出てから友だちを作ることの難しさを感じる人は多い。職場でのつながりや子どもを持つ保護者としての関係などが出てくると、「私」そのものよりも立場や役割が重視されるようになり、「私」にひとつ、あるいは複数の仮面をつけて人と関わることにもなる。気が合う人と気楽に話すような機会も減ってしまう。
気の合う人を見つけるためには、相手に合わせるのではなく、まずは自分の気持ちを大事にすることが必要なのではないか。自分の好きなことをやってみる、行きたいところに行ってみる。自分がおもしろいと思うことを大事にして動いていると、自分に近い人、気の合う人と出会う可能性も高くなるように思う。
友だちは生きている人に限らない。音楽が友だちという人もいれば、山が友だちという人もいるだろう。確か「キャプテン翼」の主人公は「ボールは友だち」と言っていた。
河合隼雄先生の「ユング心理学と仏教」(岩波書店)に「フェイ・レクチャー紀行」という文章が収められている。河合先生がアメリカでのフェイ・レクチャー(分析心理学に関する研究成果を発表する講義)の講師として呼ばれた時の話だ。
この中に河合先生がフェイ・レクチャーのために日本語で書いた講義原稿を訳した人として「ジロー(Gerow)さん」というアメリカ人が登場する。そこで「私が(ジローさんに)紹介した、ある日本人の話」として、ジローさんにまつわるエピソードがひとつ紹介されている。
ある日ジローさんが「友人のところに行きましょう」とドライブに誘ってくれた。どんどん山を上がっていくが、山の上に着いてもどこにも家がない。不思議に思っていると、一本の立派な松の木のところに連れて行き、「これが私の友人です」と言ったという。
実はこのエピソードを河合先生に伝えたのは前室長の西村洲衞男先生である。私はずいぶん前にこのエピソードを西村先生から聞いた。ジローさんと2人でその木の下でお茶を点てて一緒に飲んだのだそうだ。ジローさんの人柄が伝わるエピソードと言えるだろう。西村先生も植物を愛し大事にされた方だが、ジローさんを通じて先生もその松の木とつながりを得たのかもしれない。
友だちは人間に限らない。相手が誰であれ何であれ、その「友だち」を通じて世界とつながることが大事なのだと思う。
※ジロー(Gerow Reece)さんの書は檀渓心理相談室にいくつかあり、玄関を入って正面にある「Chaos(混沌))」という作品もジローさんのものです。「檀渓心理相談室にあるいろんなもの」で紹介していますので、ぜひご覧ください。
