腹ふくる

長谷川泰子

 

 私がこの相談室を引き継いでからまだたった3年だが、改めて調べてみたところ檀渓心理相談室は今年で開室31年になるようだ。それだけの年数がたってくると、古くなって交換しないといけないものもいろいろと出てくる。エアコンやカーテンなどはすでに新しいものに取り替えたが、最近になってそろそろトイレを交換しようということになった。

 どこでもそうだけれど、相談室にとってトイレはとても大事な意味を持つものである。おねしょや頻尿など、排泄に関する悩みを持つ子ども・大人が来談するし、うつ病をはじめ精神的な問題に関連して便秘の悩みを持つ人は多い。逆にストレスがかかるとすぐにおなかを壊す人もいる。こころとからだは密接な関係を持っているからこそ、排泄に関わる問題に対しては身体的なアプローチだけでなく心理的なアプローチが必要になることがある。相談室に来て話をすることは、ある意味「お腹の中にたまっていたものを出してすっきりする」ようなことであり、中には今まで話せなかったことがやっと話せてほっとしたからか、面接の途中、あるいは面接終わりに本当にトイレに行きたくなる人もいる。プレイセラピーでは途中で子供がトイレに行きたがるようなことも珍しくはない。

 カウンセリングで夢について聞くことがしばしばあるが、トイレの夢は本当に多い。いろいろな人がいろいろなトイレの夢を見ている。汚いトイレしかなくて「出したくても出すのをためらう」という夢、トイレの個室の仕切りがなく「丸見えになってしまう」という夢、トイレに行きたくもトイレが見つからず「もれそうで困った」夢などは、よくある典型的な夢だと言えるだろう。それぞれにお腹にたまったものをどこでどう出すか、いろいろな苦労している。昔、古典の授業で「腹ふくる」という言葉が出てきたのを覚えているが、昔の人は言いたいことが言えずに不満がたまるようなことを「腹ふくるる心地」というような言い方で表現していた。こういう古語を普通に使っていた時代の人たちもトイレ(昔の言い方をすれば厠・かわや)の夢を見ていたのだろうか。

 

 

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