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カザルスを聴いて

長谷川泰子

 

 先日、NHK-FMで四夜にわたってパブロ・カザルスの特集番組があった。今年は没後50年にあたることから企画・放送されたようだ。仕事帰りに車の中で聞いたラジオでこの番組を知り、後から聞き逃し配信を利用して最初から最後まですべてを聴いた。

 カザルスはチェリストとして有名だけれど指揮もたくさんしている。番組ではカザルスが87歳の時に指揮したバッハのブランデンブルグ協奏曲が流されたが、これがびっくりするほどいきいきとした躍動感のある演奏で本当に素晴らしかった。活きのいい魚がぴちぴちと跳ねているような感じの演奏だ。この曲をカザルスがオーケストラに指導する様子を録音したものもあったが、カザルスの情熱的でパワフルな様子がうかがえた。音楽が好きでたまらない感じが十分に伝わってくる。こんなふうに熱心な様子を前にしたら、それだけでオーケストラのメンバーも演奏に力が入る気がした。

 たまたま音楽好きの友人にこんな番組があってと話をしたところ、カザルスのブランデンブルグ協奏曲について、村上春樹の小説(「世界の終わりとハードボイルドワンダーランド」)のなかで、ある登場人物のせりふに「あれは一度聴いてみるべきね。正統的とは言えないにしてもなかなか凄みがあるわよ」とあると教えてくれた。

 カザルスは何回かブランデンブルグ協奏曲を録音をしているようで、村上春樹の小説で出てきたものが今回ラジオで流れた演奏と同一のものかは分からない。番組で流されたのはアメリカの音楽祭のために結成されたオーケストラを指揮した演奏だが、カザルスはこの音楽祭が気に入っていて96歳で生涯を閉じるまで、毎年参加して指揮をしたり演奏家の指導をしたりしていたそうだ。今回の特集番組ではこの音楽祭でカザルスが93歳の時に指揮したベートーベン、95歳の時に指揮したメンデルスゾーンのライブ録音もあったが、どちらも力強く、生きる喜びに満ち溢れた素晴らしい演奏だった。それにしても90歳を過ぎて海外の音楽祭に参加し、オーケストラを指導して聴衆の前で演奏するとはものすごいエネルギーである。「凄み」が感じられるのも当然かもしれない。

 95歳というと、今の私からすればまだまだ40年以上も先だ。この仕事を始めて26年、仮に私が95歳まで現役で仕事をするとなれば、今はまだ折り返し地点にも達していないことになる。90歳を過ぎてもあんなにいきいきとした仕事をするためにはどうしたらいいのか。生きる勇気が湧いてくるようなカザルスの演奏を聞きながら考えた。

 

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