分かりやすく

長谷川泰子

 

 先日の東京の箱庭の研修会のあとに、参加した人たちの感想を聞かせてもらった。「説明がとても分かりやすい」という感想があり、講師を務めた身としてうれしかった。ここでの文章もそうだし、普段の臨床、例えば心理検査の結果を伝えるような場面でも、なるべく専門用語は使わずに自分の言葉で伝えることを心がけているが、そういった普段の姿勢がそれなりの成果につながったような気がしてほっとした。

 専門用語をなるべく使わないことを心がけているのは、私が長年、病院や学校など、他職種の人たちと一緒に仕事をしてきたことも大きく関係していると思う。専門用語は、ある一定の事柄を一言で言い表すことができる記号のようなものだ。分かっている者同士が使う場合には長い説明を省くことができてとても便利だが、記号だからこそ暗号のようにもなって、他の職種の人には通じない。通じない言葉を使って仕事をしていてると孤立してしまう。心理職は部屋にこもってひとりでカウンセリングや心理検査だけをしていればいいというものでもない。心のことを適切に分かりやすくいろいろな人に説明することも心理職の大事な仕事だと思っている。

 病院で仕事をしていると、ロールシャッハテストやバウムテストなどの心理検査の所見を書く機会が多い。初心者であるほどどう書いていいか分からず、専門用語に頼ったり心理検査のテキスト・専門書にある言葉を切り貼りしたりしたような所見になりやすい。それなりの体裁は整ってはいるが、用語の意味や解釈の理論をきちんと理解しないまま使っていると、結局何が言いたいのか分からない文章になってしまう。

 心の動きは、普段誰もが当たり前に経験することだ。誰にも心があるし、心を知っている。しかし心という実体があるわけでもなく、これが心だと取り出すことができない。だからこそ、客観的に見ること・語ることが難しいのだ。そこで心について語りやすくするために特別な言葉、専門用語が出てくる。しかし内容を理解しないまま飛びつくと専門用語に逃げるだけになって、分かったふりで終わってしまう。心のことを心理職以外の人に説明することはとてもできない。

 「転移」という言葉がある。カウンセリングの仕事をしている心理の専門家なら、必ず知っている専門用語のひとつだ。しかし「転移」とは何かを分かりやすく説明しようとすると意外に難しい。学生時代、ある先生が精神分析の講義で「転移とは、主に幼少期における重要な他者、多くは両親、との関係の仕方を他の人との関係の中でも繰り返すこと」と説明し、なるほど、と思ったのを今でも覚えている。転移、という言葉の意味・概念をきちんと理解しているから短く分かりやすく説明できるのだろうし、逆に言えば分かっていなければ説明はできない。

心理の専門書に書いてあるようなことをなるべく日常の言葉で、自分なりに説明しようとこころがけることは、それだけで勉強・トレーニングになるところがある。私の場合、長年ロールシャッハテストのセミナーをやってきたが、テキストに書かれている解釈の仮説について、なぜどうしてこういうことが言えるのかを私なりに理解し説明するよう努めていたことが大いに役に立ったように思う。

 

 もうひとつ、“分かりやすく”ということで重要なのは、分からないことは分からないと認めて、分かったふりをしないことだろう。分かることもあれば、分からないことも必ずある。先日の研修会でも、自分の分かることを話すことを心がけた。心理検査の所見を書くときも、分からないことは書かないように気をつける。分かっていることを分かる言葉で、それが“分かりやすさ”につながるのかもしれない。

 

 

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