生きた関係の中から見えてくるもの

長谷川泰子

 

 ChatGPTが話題になっている。質問に対してAIを利用して自然な言葉で高度な内容の回答をしてくれるサービスらしい。使用を制限すべきだという意見がある一方で、国会答弁に活用できるのではないかという話もあって、使い方についていろいろと議論があるようだ。

 こういったAIの技術の進歩によって将来なくなる仕事もあるだろうと様々に予想されているらしい。私の周りにも自分の仕事は将来AIに取って代わられるのではないかと心配している人がいる。では臨床心理士の仕事はどうかと自分のやっていることを考えると、どう考えてもAIがこなすことはやはり無理だと思っている。

 私自身は使ったことはないが、ロールシャッハテストの結果の解釈を簡単にしてくれるような方法はすでにあるようだし、心理検査の分野においてはある程度AIの利用が進むところがあるかも知れない。特に投影法の結果解釈は知識と経験とセンスが必要になるところで、初心者であるほど自信が持てないから、助けになるものがあったらと思う人もいるだろう。しかし、例えば自分がロールシャッハテストを施行し結果を出し、所見を書くまでの過程を考えてみると、言語化された反応だけでなく、被検者のちょっとしたしぐさや表情、声のトーンや姿勢なども大いに参考にしているし、検査を実際にする前の、例えば部屋に入ってきた時の雰囲気や検査の予約をとる時の様子など、検査前後のことも考慮して解釈に活かしているところがある。テストの間に被検者の言動から自分がどういう気持ちになったのか、自分自身の状態に対する気づきから見えてくるものもあって、それが参考になる場合もしばしばだ。ロールシャッハテストで同じ反応をしたからと言って、それで同じ所見になるわけでは、絶対にない。

 もちろん、ロールシャッハテストの場合であれば言語化された反応に注目した形式分析・量的分析は非常に重要であって、ここを抜かせばただの主観的な作り話のような解釈に陥る。前述のような被検者についての観察や気づきによって解釈が180度変わってしまうようなことはないし、ちょっとしたニュアンスを付け加えるだけかも知れないが、無意識的なこころの動きを理解しようとする生きた臨床心理的な査定・アセスメントのためには、こういったちょっとした読み取り・付け加えが不可欠だと思う。

 カウンセリングに関して言えば、いのちの電話など電話相談のシステムやサービスはすでに存在しているし、質問に対して何らかの答えを出してくれるChatGPTのようなサービスは悩み相談に関して言えばむしろ便利なツールになると思う人もいるかもしれない。しかしカウンセリングにおいては「与えられた」答えや解決方法でうまくいくことはむしろないと言ってよい。同じようなことを何度も何度も話し合い、言ったり来たりしながら、少しずつ見えてくるものがあり出会うものがあるのであって、その中で来談者もその話を聞く臨床心理士の方も、それぞれが自分なりに考え歩いていくからこそ新しいものが見えてくるものだ。こういったプロセスには無意識的なものの動きが大きく関わるところで、だからこそ例えば夢や箱庭を取り入れたり、精神分析的なアプローチでは自由連想を重要視したりすることになる。

 「いくら技術が進歩してもAIが夢を見ることはないでしょう」といった人がいたが、前室長の西村洲衞男先生は「臨床心理士はクライエント(来談者)の夢を見るようになって、やっと一人前だ」と言っていた。来談者の話を聞く臨床心理士の側の無意識的な動きもカウンセリングには大きく関わる。だからこそその動きにできるだけ敏感に、意識的でいようとすることが必要だ。無意識を完全に意識化することなどできないが、それが分かっていながらも努力をするからこそプロと言えるだろう。

 こういった双方の無意識的なものが活性化される関係が作られるのがカウンセリングだ。だからこそ心理相談室に来て、無意識を持った生きた人間である臨床心理士に話すことが大切だと思っている。

 

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