スタッフ養成機関

長谷川泰子

 

 前回演劇の話をしたが、その続きで思いついたことを書いてみる。

 

 演劇部の時はテント芝居も経験した。自分たちでテントを建ててその中に舞台も客席も作る。なにもかも一から作るので本当に大変だった。舞台装置も大工仕事で作る。照明機材も自分たちでつるして調整する。音響の設備も必要だ。もちろんテント芝居だから外でやるわけで(当時は公園を借りてやった)、コンセントがあるわけではない。発電機も借りてくる。作業している間の食事の手配も誰かがしないといけない。もちろん予算は限られているから、お金の管理をする人が必要になる。お客さんに来てもらうには宣伝も大事だ。

 何もないところにテントを建てて芝居ができるようにするまでに1週間ぐらいかかったように思う。その間、役者も裏方も関係なく全員で朝から晩まで作業である。やることはたくさんあり時間は限られているから、手が空いた人がやれることを次々やらないととても間に合わない。

 全員が作業をしている中、何もせずみんなの作業を見て指示だけ与えている先輩がいた。総指揮をとる人、現場監督のような役割の人だ。

私は最初、なんでみんなが働いているのにあの先輩は何にもしないんだろう、と腹が立つ思いもあった。しかしやっていくうちに自然と分かった。指揮をする人は何もせず、みんなの真ん中にドーンと座って全体を見ていることが大事なのだ。舞台の表も裏も全部、人間の動きも、物の動きも、お金の動きもすべて把握して、それらをまとめて前に進めていくのが仕事だ。自分みずから動いていては全体が見通せなくなって指示が出せず、結局すべての動きが止まってしまう。

 この総指揮のような存在は、ユングの言う“自己(セルフ)”みたいなものかもしれないとふと思った。表舞台には決して出てこない。芝居を見ている人は舞台だけを見て総指揮をとる人を知らない。照明や音効などの裏方スタッフの存在はうっすら分かるだろう。その仕事は見て取れる。しかし、この総指揮をとる人の存在が芝居を作る人の全ての中心なのだ。この人が方向性を示して皆が動き、一つのドラマを作っていく。

 日常のドラマを演じ、人の目に触れるのは、舞台に上がっている“役者”だ。しかし、それ以外にも様々な裏方仕事をする“スタッフ”がいる。舞台装置を作り、照明をあて、効果音を流し、衣装やメイクも担当して、役者の見え方を工夫する。役者の芝居の場を作り、動きを効果的に見せる。裏方のスタッフの仕事が役者の動き・芝居を決定づけるようなところもあるだろう。表に出ている役者だけでは、良い舞台・芝居はできないのだ。こころの動きで考えれば、表舞台を生きる私たちを支えるスタッフ、つまり日常の生活、人間関係や仕事などの表の活動・行動を支えるこころ、表に出ない無意識を整えることが必要になる。

 ひとりひとりの中に、役者も裏方スタッフも、総指揮の存在もある。表舞台に立つのはほんの一部で、その下に目に見えない様々な動きがある。カウンセリングは、表舞台の役者を支えるスタッフ育成機関みたいなものかもしれない。スタッフひとりひとりが自分自身の持ち味を生かし、のびのびと働けるようにするのがカウンセリングの目標とも言える。

 

 

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