カウンセラーの引き出し

 最近出た川上未映子と村上春樹の対談『みみずくは黄昏に飛びたつ』はカウンセラーとしても興味深い話がいっぱいあった。そのうちの一つ、村上春樹は物語を書いているとき、心の中にある資料の引き出しが沢山あって、その中から必要なものが出てくるのだと言っていた。
 そこを読んで、カウンセラーとしての私は夢や箱庭を示されたとき、心の中の沢山の引き出しから必要なものがふと出てきて、それがピタッと夢や箱庭のイメージに合うのを感じる。夢についてはあまり言われないけれど、研究会で提示される箱庭については、私がふと思いついて言うこと、つまり、心の引き出しから出てくるものを箱庭のイメージに合わせると、聴いている人も私もなるほどと納得することが多いようだ。夢の場合は、夢について私が思いついたこと、つまり、心の引き出しから出たものをクライアントに伝えると、夢が語りかけていることがクライアントに理解してもらえると私は納得している。それはクライアントが当面すべき内的な課題をピッタリ言い当てているからである。
 私の心の深層には、夢や箱庭に関連して沢山の資料が引き出しに入っているらしい。
 ある箱庭の研究会では、その引き出しの資料を整理して本を書きなさいと言われるが、知的に整理するなんてとても不可能だと思う。書くとすれば、多分経験した事例を夢や箱庭を使った物語として出す以外にないのではないかと思っている。司馬遼太郎が沢山の資料を集めて明治維新を生きた人々をかき出したように、私があったクライアントの人生を物語として書き、クライアントにも納得してもらえた幸いである。ここに河合先生ができなかったことが出来る。それは可能だろうか。クライアントの生きた軌跡の物語化である。ここに本当の無意識との対話が成立することになる。