「やめられないとまらない」・「どうにもとまらない」という文句がテレビからながれていたので多くの人の耳に残っていることと思う。このことを私はもっと深刻なものとしてうつ病に悩む人の心の中に見つけた。うつ病の新しい症状の一つと考えて研究していかねばならないことだと思う。
ある研究職に携わる男性は仕事が面白くてどんどん考えていくのだが、それを続けていくと頭がいたくなるという訴えであった。頭が痛くなるから研究が続けられなくなる。適度に考えをやめて気分転換すると良いのだが研究室にいると考え続けてしまう。その結果、ひどい頭痛がしてうつ病になり、抗うつ剤を服用する結果になった。しかし、なかなか治らないのでセカンドオピニオンを求めると、別の医師の診断はうつ病ではなく、双極性Ⅱ型であった。「やめられないとまらない」が躁状態と判定されたのであろう。
双極性Ⅱ型をインターネットで調べてみると治すことが難しいことがわかった。あきらめて、「やめらえないとまらない」という自分の性格と頭痛を適当に判断し付き合いながら生きていくよう方向を定めたら、病気に圧倒されていた自分から急に抜け出すことができた。躁病の薬も効いたかもしれない。元気が出て来てうつ病から回復していった。この変わり方も躁的かもしれない。
他のあるうつ病の人は夜中に覚醒すると何かを考えだし、考えが勝手に進みだしてとまらない。この勝手に動く考えを止めたいけれど止めるボタンがないと訴える。結局眠れないので麻酔薬に近い睡眠剤を投与されることとなった。医師の指示に従って持続する睡眠と長期の休息で回復へと向かって行った。その方は夜中寝言やうなされがひどかった。実際ひどい上司の仕事の重圧に耐えられずうつ病になられたとみなすことができた。上司のひどい重圧によって生じたと思われる寝言やうなされは長い休息によってやっと和らいぎ心は回復していった。
夜中に目が覚めて心に浮かぶ考えがどうにも止まらないということは多くの人に見られるのではないか。また、いろいろ考えてどうにも寝付けないということもあるのではないか。頭に思い浮かぶことが止まらないという現象である。
大江健三郎さんはかつて寝る前にお酒を飲まないと眠れなかったとどこかに書いておられた。息子さんにお父さんはどうしてお酒を飲むのと言われ、はたと考えてお酒を飲むのをやめそれ以来眠れないときは本を読むとおっしゃったことがある。眠れない、つまり頭がさえて眠れないのは変わっていない、お酒が読書に変わっただけである。頭の活動の持続は相変わらずあり、頭の活動が止められないのである。
確かではないが、有吉佐和子さんも最後の頃小説の登場人物が頭の中で勝手におしゃべりをして止まらないので睡眠薬の多量の服用をされたと何かで読んだ記憶がある。
頭の中でイメージや考えが勝手に動き出して止められないということがあって、それが度を越して病的なまでになるのである。私の会った二人のうつ病の方も優秀な人でかなりの評価を得た人であった。高い知能と活動力で仕事を体や精神の続く限りやってその結果は評価されるけれど、いつかイメージや考えの動きが止められなくなり不眠や頭痛に悩み、果てはうつ病になってしまう。
河合隼雄先生ももしかしたら「やめられないとまらない」状態にあったのではないかと思う。かつて、まだ、それほど有名でなかったときある集まりで、僕はやりだしたら自分では止められないかもしれない、その時は止めてくださいよろしく頼みますとある先生に言われたことがあった。亡くなられた後その先生はぼくも聞いていたけれど止められなかったと云われたと聞いている。河合隼雄先生は手帳に予定したことをしっかりとこなして社会的義務を果たしていくことが心にあってそれが止められなかったのではないかと思う。先生は中年の頃に自分もコントロールできない意識の暴走を予感しておられたのだと思う。
意識が活動を始めたら止めようとしてもとまらないという苦しい現実がある。意識の活動は自分でコントロール可能なものだと今の心理学では認めているが、しかし、上記の事例は意識の活動も元々自律神経の支配下にあるもので、意識の覚醒と停止、つまり眠りも自律神経の支配するところと思っていた方が良いのではなかろうか。意識の活動の大部分は自律神経の支配下にあって、自律神経の抑制機能が少しゆるくなったとき、意識の活動が抑えられず不眠や考え過ぎに悩むことになるのではなかろうか。意識が覚醒しているときもいつの間にか空想にふけっている人はいませんか?そいうとき人は昼間夢を見ているのである。意識を自分でコントロールできていないのである。
自律神経が疲れてバランスを崩すようになったとき、人は自分の考えさえもコントロールできなくなり、お酒を飲み過ぎて体を壊したり、働きすぎて体調を崩して病の床に就くこともあると考えてはどうであろうか。
50年以上前はまだ全体心理学やゲシュタルト心理学の名残があった。人を全体としてまとまりのあるものと考え、全体のバランスを考えていた。私はその立場にいて、今は自律神経が一番大事だと考えている。
虐待され自律神経がおかしくなると食欲さえなくなり体重は増えない。施設に収容される被虐待児は体が小さい。ある虐待する父親は子どもの食欲がないと言っていた。食べさせても食べなかったのだと。ある精神科医は被虐待児は発達障害であると言っている。私は虐待された結果の自律神経の失調による食欲の低下によって生じた体重減少であり、発達障害は原因ではなく結果であると思う。小児精神科医でさえも虐待による食欲の低下という自律神経の失調を考えない時代になってしまった。
自律神経のバランスは温かい人間関係と十分な休息によって得られる。この暑い夏、休んでゆっくりしましょう。自律神経のために。幸せの元は自律神経のバランスです。
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