自分に還る

 夢分析を行っていると帰還のテーマが生じてくることがある。

 夢の中で気がつくと自分が見知らぬところにいてそこから自分の家に向って還るというテーマである。こういう夢が繰り返し繰り返し出てきて、ついに家に帰り着いて、自分の家にもこんなにいい座敷があったのかと感嘆して目が覚め、その夢を報告して面接が終了した人があった。高校2年生男子で、父親はいつも自営業で働いていて、母親は友達との遊びでしょっちゅう家を空けている人だった。彼には落ち着ける家庭がなくて淋しかった。家は彼の居場所ではなかったのだ。それを夢は落ち着いた静かな座敷を用意して解決してくれた。彼はどう生きたらよいかを思い悩み、悩みを深める心を持つことによって、心の居場所を発見したともえるのではなかろうか。落ち着いてしっかり深く悩むということは心の居場所を作ることに役に立つのである。反対に、いらいらとして悩み落ち着かないと、何時までも心の居場所はできないのではないか。

 森絵都の『カラフル』は、あの世のたましいが選ばれてこの世の肉体に入って甦り生きる話である。他人の肉体に入り込み生きているうちに周囲の人との違和感が意識され、自分は本当は肉体とは違うものであると告白したくなってくる。いろいろなことが起こり、人とかかわり悩みが深くなってくる。白黒はっきりさせていたところがいろいろな人との出会いで、白と思っていたものが黒でもあり、黒と思っていたものが白でもあったことに気づき、世界にはいろいろな色があり、きれいな色も汚い色も、そして角度を変えると違った色に見えてくることに気づきはじめる。そして、援助交際に走っていた恋人の告白を聞いて、カラフルということに気づく。そしてたましいと肉体の合一へと進む。

 この過程を振り返ってみると、この『カラフル』の主人公は人々とのかかわりで悩みを深めることによって、感情のスペクトルが広がったと見ることができる。白黒の単純な感情から、カラフルな無限の広がりを持つ豊な感情へと心が広がった。実際、不登校の中学生の感情の発展過程はこのようなところがしばしば見受けられる。全く黒く見え付き合いたくない友達から、様々に異なる矛盾した感情をありのままに表現できる親友まで、様々に色分けできる人間関係の中に生きはじめるのが大人への第一歩である。

 『カラフル』の主人公の場合、たましい、つまり、心と身体とが一致していないという点で、主人公は離人症的な体験がある。もしかすると、著者森絵都さんも離人体験があったかもしれない。『うつに向き合う』を描いた北洋子さんもはじめは明らかに離人症であった。感情爆発を経験し、家庭内暴力まで起こして心身の合一に向った。『カラフル』の主人公は、恋人が援助交際に走りエッチを楽しみ、お金を儲けておしゃれを楽しみ、修道女に憧れる、そのようなカラフルで複雑な心に出会い、驚き、悩むことによって離人症が治癒したと見る

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