笠原嘉先生に学ぶ

檀渓心理相談室に笠原嘉先生をお招きして先生の臨床講義を開くことが出来るのは私にとってこの上なくうれしいことです。

私は心理療法を河合隼雄先生に、心理診断を笠原嘉先生に学んできました。メダルト・ボスの『夢』(みすず書房)の「あとがき」に書いてありますが、お二人の先生はかって一緒に夢の研究会をされた仲でした。その後資格問題が持ち上がり、厚生省と文部省の臨床心理士資格認定協会が対立することになり、図らずもお二人の先生の中に政治問題が入ってきて、心理臨床の実際について協力して仕事をされることはありませんでした。

笠原先生についての河合隼雄先生の批評は、2、3年間かけて見た事例を3分で話す人であるというものでした。事例の本質を凝縮し客観的にまとめる点では抜群の才能をお感じになったのではないかと思います。

私たちは心理臨床を行うに際して、例えば、笠原先生の『青年期』を読まない人は無いだろうと思います。この本は世界に例を見ないユニークな青年心理学の本です。統合失調症とうつ病に関しては「出立と合体」というユニークな研究があります。また、うつ病について研究するとき、精神科医は笠原先生と木村敏先生の共同研究になるうつ病の分類と治療に関する論文を参照されることだろうと思います。

「境界例」や「学習障害」でわかりますように、日本の精神医学は今ではアメリカの診断分類に占領され、笠原先生らが築かれた精神医学は省みられなくなりました。「流行」だけが意味を持つ時代で、先生の精神医学でのユニークな研究はあまり目立たなかったと思います。しかし、『青年期』を読んだ人はその中で先生のユニークな発想に触れている筈です。治療については何も教えてくれません。

 

笠原先生の「青年期」や「出立と合体」の考え方の中には精神発達という心理学的な視点が入っていて、病理的な視点から心の発展過程を明らかにするところがあるので、私たちに心理臨床に役に立つところが大きいのではないかと思います。精神疾患の分類しかしないDSMを越えて心理臨床に役に立つ心理診断を、病から心を理解する病理法と、精神発達のどの段階でどのような病が生じるのかという笠原先生の視点からこのセミナーで学んでいきたいと思います。