西村臨床心理学

 「西村臨床心理学」というタイトルで保存されていた文章です。最終更新日時は2008年9月です。

 

 

心の発見

 

1 フロイトの場合

 フロイトの時代は神経症としてのヒステリーが多かったと思われます。彼はブロイヤーと共にヒステリー患者に催眠術をかけてヒステリーの研究をおこないました。患者の意識を催眠術によって弱め、意識が若干弱まったところで、患者に過去の経験を思い出させ、患者が忘れていた嫌な経験を突き止めました。その嫌な経験をその当時の感情のままに呼び起こし再体験をすると、ヒステリーの症状が消失することを発見しました。

 神経症の症状の背後には思い出したくない嫌な経験が抑圧されていたのです。そこで神経症の治療法として、意識の背後、つまり無意識、忘れていることの研究をフロイトは行ったのです。その研究成果の一つが『夢判断』です。

 夢は眠っているときに見るものです。眠っているときは意識が働いていないので、意識の統制力は弱まっています。従って、思い出したくないことも出てきているはずです。目覚めるとき思い出したくないものはどうなるのかと考えました。夢見ですべてをありのまま思い出していて、それらをそのまま意識に残すのは良くないので、フロイトは心の中にある検閲機能が働いて、夢で見ていた内容が象徴的なもので置き換えられたり変形されたりして、意識にそれとわからないようにして覚醒時に思い出されるとフロイトは考えたのです。夢はまさに暗号文に等しいと言い、「夢は無意識への王道である」と『夢判断』で書いています。

 その後、フロイトは夢見よりももっと簡単な方法を考案しました。彼は患者をソファーに寝かせ仰臥姿勢にして意識を若干弱め、心の中に浮かんでくるものを、汽車の車窓から見える景色を描写するように報告させ、その内容を分析しました。それが自由連想法です。

 夢見の方法では無意識の内容が出ているときに患者と話ができないので、仰臥姿勢にしてかなり意識を持たせ、会話が可能な状態にして意識の背後に迫ろうとしたのです。彼はあくまで意識の主体性を重んじ、科学的な態度をとって、患者にも自分で無意識のこころをわかることを求めたのだと思います。

 フロイトは、患者が治療者へ示すかかわり方が、幼児期に患者が親との間で経験していた関係の再現であることに気づきました。親子関係が治療関係へ移し変えられているので、それを転移と名づけました。患者からの転移に対して治療者がそれに反応します。逆転移と呼びました。治療関係は転移・逆転移から成り立っていると考えたのです。転移・逆転移は無意識に生じてくるので、重要な分析の対象であると考えたのです。転移・逆転移は今では自由連想の内容と同じく精神分析の重要な課題となっています。

 今日、転移は親子関係の再現にとどまらず、すべての治療関係を転移・逆転移という言葉で表しています。

 

2 ユング

 ユングは精神科医となって精神病院で統合失調症の患者を診ていました。フロイトの精神分析の仕事に感心してフロイトに会いに行き、そこで意気投合し、フロイトに高く評価されました。二人は頻繁に手紙を交わすようになり交流を深めていきました。

 彼は精神病院に入院している統合失調症の患者の妄想や幻覚の中に古代の宗教や神話の象徴が現れていることに気づきました。そのうちユングはミラー女史の詩と紀行文に目が留まり、彼女の作品の中には古代の神話や宗教の象徴が沢山表れていることに気づき、『変容の象徴』という本を書き始めました。

 フロイトは神経症を親子関係の問題、エディプス・コンプレックスに基づいて考えていたので、古代の神話や宗教に視野を広めるユングの考えを受け入れることはできませんでした。そこから二人は離反し始め、ついには絶交状態になりました。

 一人になったユングは精神的に不安定になり精神病的になって自室に閉じこもりました。彼はこの間近くの湖畔の砂浜で砂遊びに興じ絵を描いたりして過ごしていました。砂遊びの内容は残っていませんが、描いた絵はマンダラの絵で、彼の本の中に掲載されています。マンダラといえばチベット仏教のマンダラが有名ですが、その当時彼は気づいていなかったようです。

 マンダラは幾何学模様です。人は精神的に不安定になったとき幾何学的模様を描いて、幾何学的平衡で安定を保とうと努力します。ダイナミックな安定は難しいのです。左右対称だと安定感があります。西洋の建物は大方左右対称でどっしりしています。それに対して日本の庭や建物は非対称で不安定に見えます。その不安定な美しさに日本人は魅せられるところがあります。しかし、安定感という意味では左右対称がもっとも強力です。ユングはそういうものを必要としたといえるでしょう。

 ユングは精神病的な不安定な生活から、『心理学的タイプ』という性格理論を構築して回復してきます。この理論は、自分より前にフロイトから離反したアドラーとフロイトのものの見方の違いを心理学的に説明する内向・外向の理論だったのです。彼は、いわば左右対称とも言える、内向型と外向型を共に認め、その二つを両方とも尊重して生きる生き方を取ろうとしたのです。彼の考え方は内向と外向、男性と女性、精神と肉体、善と悪などすべて対照的に考え、双方を立てているところに特徴があります。

 意識の機能として、思考、感情、感覚、直観の4つの機能を考え、内向型・外向型とを組み合わせ、8つの性格タイプを考えました。人はこれらの性格特性をバランスよく発達させることが個性化の道であると考えました。ユングは心理学の理論でも幾何学的な平衡を考え、心理的な安定を保ったということが出来ます。

 フロイトとアドラーの理論を対比して、ユングは、フロイトをエロスに基づいた愛の理論、アドラーを権力への意志への理論、言い換えれば、攻撃の理論と考えました。人は愛の側面から心を見るとき攻撃の側面が見えず、攻撃の側面から見るとき愛の側面が見えないことに気づきました。この理由からフロイトとアドラーは互いに理解ができないと考えたのです。「愛あるとき攻撃無く、攻撃無きとき愛無し」というわけです。このことはユングの心理学であまり取り上げられていませんが、人間関係を見るときとても重要な観点です。

 フロイトが考えた無意識(個人的無意識)の外に、集合的無意識(普遍的無意識)が在ることを発見しました。先に紹介した『変容の象徴』は普遍的無意識が個人の精神的な活動にどのように入り込んでいるかを明らかにしたものです。

 心の構造として、ペルソナ、影、アニマ・アニムス、グレートマザー、老賢者、セルフなど元型を仮定しました。それらはイメージが出てくるその源と考えました。私たちは元型そのものを見ることができませんが、そこから作り出されてくる元型的イメージを見ることができるのです。これらのイメージが心的エネルギーをもって心の中に生じてくるとき私たちは抗しがたい影響を受けるのです。

 意識の態度が一方に偏っているとそれを補償するように無意識の機能が働くという、補償機能を考えました。ユング心理学はまさにバランスの心理学と言って良いのです。過度に合理的な態度をとっていると、病気をしたときなどいわゆる名医の単純な治療法が特効をあらわしたと感じます。苦しい病から解放されるそこには合理的な判断は働かず、かえって非合理的な判断を合理的と認識してしまうのです。知的な教授先生ができない学生に怒りっぽいのも補償機能でバランスを取っているといえるのです。

 象徴についての考え方もフロイトとは全く異なります。人々をなかに包み込む教会の建物は器という意味で母親という意味がありますが、尖塔を持って街の中心に屹立しているという意味では父親的です。ユングはこのような見方を記号的象徴と考えました。それに対してユングは街中に屹立する教会の建物は母なるものと父なるもの、つまり互いに相反するものを統合していると考え、象徴に統合的機能を考えたのです。フロイトがものごとを分析していくのに対して、ユングは互いに矛盾するものを統合していく心を見ていたということができるでしょう。フロイト先生とアドラー先輩の対立離反を目にして、それを統合したところにユング心理学は成立したのです。

ユングはイメージ、つまり、心の世界と現実をつなぐ超越機能を考えました。πやeという超越数を含む超越関数が数学と工学を結ぶように、象徴を含むイメージが心の世界と現実をつなぐと考え、心と現実をつなぐイメージに超越機能を認めたのです。

イメージは私たちの認知機能に影響を与えるものであり、イメージが変化すると認知が変わり、行動が変化します。従って、ユング派の心理療法は夢や箱庭というイメージに拠っているのです。

 フロイトは夢見から覚醒してくる際に検閲機能が働くと考えました。これは意識の機能であるか、無意識の機能であるか曖昧なところがあります。

 ユングは、ある女性が出産時麻酔をかけられたときに経験した遊体離脱の経験を聞きました。昏睡状態でしに瀕している自分の周りであわてて処置している医師や看護婦の有様を彼女は見ました。その報告を医療スタッフは信じなかったのですが、彼女が見た様子があまりに現実に則していたので信じざるを得ませんでした。このような昏睡状態のなかで自分とその周りの様子を見ていることがあるというのは今では誰も疑うものはありません。あり得ることとされています。

 ユングはこの経験について、昏睡状態、つまり通常の意識が眠っているとき、もう一つの意識が働いていると考えたのです。人には通常の意識と、眠っているときの意識と二つあるのです。夢を見ているときは通常の意識は眠りもう一つの意識が働いているのです。

 寝ているときも私たちの自律神経は働いて血圧や呼吸や体温を整え、消化機能の活動などを統括しています。自律神経と消化機能の働きは下等なレベルの動物でも持っています。人には知性をつかさどる意識のほかに、動物として生きる人間の心をユングは類心的な心(psychoid)と呼びました。ユングは共時性を説明するとき、この類心的心の意識を考えたのでした。これはフロイトで言えば無意識のエスの中に意識を位置づけるようなものです。これはフロイトに無い全く新しい考えです。

 これまでのところをフロイトと対比してみると、フロイトが無意識を単に個人的な経験の貯蔵庫と考えたのに対して、ユングは普遍的無意識という生物の進化の歴史を視野に入れ、無意識の心に主体的な機能を認めたことは高く評価しなければなりません。普遍的無意識の中にある元型の一つ、自己という全体性をつかさどる機能が補償機能やイメージの超越機能につながっていること考えたのです。自我が無意識をどう処理するか、人間関係にどうかかわっていくか、それがフロイトにとって問題でした。それに対して、ユングは無意識がもっと能動的に機能すると考え、主体性を持つ無意識との戦ったと言えます。

 自我、つまり私の意識、の統制力よりももっと大いなるものの統制力を視野に入れ、それを自己と名づけました。ユングの著作を読むと自己は神と読み替えても差し支えないくらいです。それはユングが幼いときから経験していた様々な宗教的な経験に基づいていると思われます。フロイトには個人を苦しませる経験としては性欲くらいではなかったでしょうか。フロイトは性欲と戦った人ということができます。

 性欲と戦ったと言っても、西欧社会に受け入れられることを願ったフロイトにとって道徳は重要でした。性欲を抑えるものとして超自我を考えました。フロイトの場合、自我の主体性はそれほど強くなく、超自我とエスの間に挟まれて苦しみ、その苦しみによって自我は鍛えられるのです。超自我もエスも主体的機能ではなく単なる圧力であったのです。

 フロイトは性欲に強い関心を抱きながら道徳には抵抗できなかったといえます。それに対してユングは圧倒的な支配力を背後に持っている神を感じながら、自己との対決を経験し、一方では、人間の生物としての心、類心的心を仮定しました。しかし、この類心的な心についてはシンクロニシティ以上の研究はありません。

 (フロイト以前に、マルキ・ド・サドは宗教も道徳も法律も否定した世界を小説の中で考えました。愛や攻撃という人間本来の欲望に基づいた世界観を提示しているのですが、それにはフロイトもユングも全く触れていません。サディズムという用語はありますが、サドの世界観とは全く関係ないといって良いでしょう。これはいわゆる悪、動物的な衝動、愛と攻撃に基礎をおいた人間観といえるものです。このような人間観を比べてみると、フロイトやユングのまた違って見えてくることでしょう。私たちはフロイトやユングを越えていくためにそれらを比較し、もっと違った観点からも見る必要があります。)

 

3 精神発達

 誕生以来、身体が成長するように精神も発達することをフロイトは意識しました。これも心の発見の一つと言えます。

 フロイトは、赤ん坊の心は口唇を中心に発達すると考えました。口唇と乳房との接触、肌と肌の接触、この授乳の関係が人間関係の基本であると考え、授乳の期間を口唇期と名づけました。求めて与えられる、この関係が安心と満足の源となるのです。安心と満足これが基本です。特に安心感は重要です。人は不安になると何時でもこの段階に郷愁を感じ、そこへ帰っていくのです。それは年齢に関係がありません。四十、五十になって孤独になると黙っていてもわかってもらえる関係に戻りたいし、肌のぬくもりを感じたくなり、それを親に求めるわけにはいかないので異性に求めることになりがちです。老齢期に達しても人は不安になると肌の接触が欲しくなり幼児期に回帰していくのです。高齢者の施設の人間関係のいざこざを見るとこの問題が多く見えてきます。

 次は、トイレット・トレーニングの時代で、肛門を中心に心が発達するとフロイトは考えました。食べたものを消化しまとめて排泄する、貯留と排泄、このコントロールが精神の発達と平行しています。

 生活のなかで生じた気持ちを出すこと、人間関係の中で自分をだすこと、それは気持ちの排泄と平行しているのです。溜まった気持ちを吐き出すことをカタルシス(下痢)、反対に気持ちを溜め込むのを便秘に例えました。

 実際、例えば、会社に適応過剰の人は時に下痢に悩んでいます。会社のことをあまりに取り込みすぎて、消化不良で下痢するのです。心に代わってからだが考えるのです。反対に会社の中で自分が出せなくて我慢している人は痔に苦しんでいることが少なくありません。浪費家は締りが無く、守銭奴は締り過ぎているのです。

 トイレット・トレーニングの時代は言葉が発達する時期です。言葉を沢山憶えよくしゃべり、気持ちや意志を表現することが出来るようになることがこの時期の発達課題です。溜まった自分の気持ちを気持ちよく吐き出したい人、特に女性は自分の気持ちをどこで出せるかを考えますのでトイレの夢を良く見ます。トイレが無かったり、汚れていたり、入ろうと思っても塞がって居たりとか、人間関係で女性はよく困るのではないでしょうか。

 トイレット・トレーニングの時代は何かができて誉めてもらうのがうれしい時期ですが、それを過ぎると自分を主張するようになります。誉められる、つまり、期待に添うよりも自分が好きなものが良いという時になります。主体性の芽生えです。

 自分を意識するようになり、自分は男である、女であるという性別の意識も出てきます。性別の意識はペニスの有無によって決まるので、フロイトはこの時期を男根期と名づけました。

 性別の意識が出てくると自然に結婚の願望も出てきます。娘は父親と結婚したいと思い、息子は母親と結婚したいと思います。これを近親相姦の願望と呼びました。父親と娘、母親と息子、この近親相姦の願望に彩られた関係をエディプス状況と言い、近親相姦の願望の葛藤をエディプスコンプレックスと名づけました。

 近親相姦は社会的に人間として許されないので抑圧されます。そのために道徳意識が親から取り入れられ、超自我が発達します。それによって近親相姦の願望は抑圧され、異性愛が発展していきます。実際、幼稚園や保育園では女の子主導の結婚式の遊びが良く行われます。これは性別の意識の発達の一段階を示すものです。

 この時期は子どもらしい主体性が出てくる時期で空想的な万能感、何でも思い通りになるという気持ちが出てきます。空想と現実があまり区別されていないこともあるので危ないことも仕出かします。普通はごっこ遊びが盛んになる時期です。この時期は幼稚園から小学低学年の時期です。

 男根期の後は、超自我によって性衝動が抑圧されるので自我の発達は起こらないと考え、この時期を潜伏期と名づけました。

 第二次性徴が発現し、思春期に達しますと再び近親相姦の願望が芽生え、その葛藤の後で異性愛が発達するのです。この時期の異性愛は性器が中心になるので性器期と名づけました。

 フロイト精神発達の考えはここまでで、人生の前半だけで終わりです。この後はそれまでの発達の課題がいろいろに繰り返されると考えたのです。その考えの一つは固着です。

 フロイトは精神発達の問題のひとつとしてある段階への固着を考えました。

 口唇期に固着すると、口唇期的な願望である食べる、皮膚接触の快感、噛み付くという口唇期的攻撃などに拘ります。食べるのがやめられない、指しゃぶりや爪噛みがやめられない、鼻や耳をほじくる、喫煙がやめられない、自慰に耽る、髪の毛などを間断無く触り、時には抜毛するなど大人のやめられない癖がいっぱいあります。大人が如何に口唇期、つまり赤ん坊的なものに固着しているかがわかります。アルコール中毒、摂食障害、自傷行為、浮気の虫が治まらないドンファンなどは口唇期への固着です。

 肛門期に固着すると、いわゆるケチ、あるいは、浪費家になったり、おしゃべりのとまらない饒舌、あるいはその反対の無口になるのです。吃音やチック、それと対照的な緘黙症は肛門期への固着といえます。

 男根期への固着は自分はできるのだという万能感に満ちた自信家、何事にも自信の無い引っ込み思案の性格があります。自信家はあまり人の気持ちなんか判りません。自分がルールだという感じです。ワンマンと言われます。あるいは、いつも反抗的で、天邪鬼であることがあります。それに引き換え、引っ込み思案の人はいつも人の後をついて行きます。何事も用心深く、折り目正しく、ルールから外れることがありません。ネガティブ思考で、いつもダメな方を考えたり、あてかこれかとあいまいで決断ができないことがあります。

 

 固着からどうして逃れるか、それが精神分析の課題ともいえますが、果たして精神分析で固着から解放されるかは疑問です。なぜなら、アルコール中毒もドンファンも、守銭奴も、ワンマン的な性格もあまり治ったという話を聞かないではありませんか。アルコール中毒の人は自助グループ、つまり、アルコール中毒から立ち直った人の援助が一番効果的といわれています。フロイトはいろいろな問題の心の深層を精神分析で明らかにしてくれましたが、治し方はまだわからないと言った方が良いと私は思います。心の深層がわかるという点では確かに面白いのです。この点で惹かれて、わかれば治ると錯覚してしまうのではないでしょうか。

 

 

<次へ  前へ>