離人症について

元少年Aには離人症の症状がある。今度出された『絶歌』には離人症の体験がしばしば出てくる。しかし、審判全文の鑑定人の鑑定結果の引用にはその記述がない。鑑定結果では、直観像保持者で、性欲の異常は触れられているけれど、離人症の記述はどこにもない。犯行声明文には「透明な存在」という言葉が出てくるが、この透明な存在について精神医学的考察がなされていない。これまでの精神医学では離人症を透明な存在の感覚として捉えた文献がないので見過ごされたのではなかろうか。

精神科医香山リカ氏は元少年Aを精神病質と診断じている。

精神病質は犯罪者によく見られる性格で、この特徴は、知っている人の前では善良な人であるが、人混みの中や知人の目を外れると良心の抑制が無くなり、悪いことをしてしまう。携帯で盗撮を繰り返す人も精神病質者で、ゾクゾクするスリルを楽しむために盗撮する。少年Aの犯行にはゾクゾクするスリルの感覚はなく、私たちが魚をさばく時の感覚に似ている。

離人症は人間的な感情から離れてしまう症状である。見ているものが遠くに感じる、絵のように見える、自分がちょっと浮き上がったようで地面から離れている、自分の声が自分でないなどの特徴的な感覚がある。時として、見ているものが活き活きとして見えるので苦しいという人もあった。

自我の強い人は思春期のはじめに一過性で経験することがあるけれど、それが2~3回繰り返し起こることは少ない。離人体験が持続してある人は離人神経症と呼ばれる。精神病と神経症の間に位置づけられ、個人の内的な経験で外からはわからないので普通の人と同じレベルの神経症圏に位置づけられ、離人神経症と名付けられ、普通離人症と言っている。

離人症で精神科を受診した人にいつどういう時に始まりましたかと尋ねたら、寮生活をしているとき、ある寮生に凄い怒りを感じ、このままでは殴り合いのケンカになると思い、怒りの感情をグッと抑えこんだら、頭のてっぺんがポーンと抜けた感じがして、それ以来感情が抜けてしまったということだった。つまり怒りを抑えこむと怒ることも愛することもできなくなり、感情喪失してしまう。美味しいとかうれしいという感覚も無くなるので大変苦しい。感情の回復が著しく困難で、食事もノリを噛んでいるようで美味しくない。かわいそうだが、これがなかなか治らないので困る。

元少年Aは、空が青いアクリル絵の具で塗ったように見え、食べ物は味がしないからガソリンで生きられるならガソリンを飲んだ方が良いと書いている。この症状は、少年院で発症したものではなく、小学校高学年からあったのではなかろうか。

離人症になるような人は知性優位で、合理的で、感情は働きにくい。知性的合理的だから非現実的な空想の世界には入りにくい。

この離人症は感情が経験されないだけで、普通の生活が可能で、おかしい人とは見えない。

また、知的合理的な性格を基礎としているので統合失調症の緊張病タイプ、カタトニーに近い。このカタトニーの人は、身体が固まって動かなくなり、反対に感情が暴発し、時に猟銃乱射事件などを起こしてしまう。少年Aが犯した事件はこれに近い。

彼が感情的で非合理的性格をベースにしていたら、妄想が発展し、おかしなことを考え、異端視されて終わったかもしれないと思う。

知的合理的な性格で、極めてまじめに自分の内面に向き合い、如何に生きたら良いかを考えて書いた『絶歌』は、まともに読むだけで苦しくなり、多くの人が少年Aを自己陶酔と評して遠ざけたい気持ちもわかる。それは人にりかいされない離人症の世界の苦しさでもあろう。