最近の若い人のうつ状態に対峙するために

 最近、うつ状態にある若い人に出会っている。

 仕事には出ているが、それもある程度のところで精一杯である。休みは大抵家でインターネットをしたり、テレビを見たりして過ごしていて、何となく覇気が無い。特に好きなこと、熱中するものもない。異性との付き合いも現実的ではなく、空想のなかで納まっている。

 勉強を中心にしてきた人たちである。親や先生の期待に添って生きてきた、生真面目な人たちである。几帳面で勉強については責任感があり友達と諍いを起こすことも無い。対人関係はほとんど問題がないように見える。しかし、異性を求めないように、親密な友達も無く、友人関係は希薄である。希薄な人間関係では問題も起こりようが無い。

 彼らは自分の前に広がる社会を漠然と見つめているように思う。漠然と見ているその見方に希薄なものがある。一心に見ていないのである。

 私たち臨床心理士はこのような人を援助するのにどのようにしたら良いのかと思う。

自分の目の前にあるものを一心に見る、それが生きているということではないか。

 

 とすれば私たち臨床心理士は彼と彼の存在について一心に見ることを彼に示してやらねばならないのではないか。少なくとも面接料の分、その時間に彼のためになること、それが彼らの前にいる人間として果たすべき勤めではないかと思った。河合先生の生き方と私を比較したとき、先生はより多く情熱を燃やして自分の内面に向かい合っていられたのではないか。その熱心さは言葉には表せない。傍にいるものにしかわからないものではないか。河合心理学がわかりにくいのはそのような言語化できないものがあるからだと思う。