シンボルの神話的解釈は必要か

 私たち日本人というか少なくとも心理臨床家は考えを述べる際に、誰か学者の言説に依拠する習慣があると思う。それは本能的といっても良いくらいである。誰かの学説を引用して誰それがこういっているというと格好がつくのである。それと同様のことが箱庭療法や遊戯療法の解釈でも行われる。

 子どもが砂をかき回しているうちに何かが作りたくなって、何か形あるものが出てくる。それが発展してその子らしいこころの表現になっていくことがある。山できたり、海の中に島ができてきたりする。そこに中心ができたり、町ができたりする。

 

 砂をかき回す行為は、日本神話の天地のはじめのところと対応される。天の神様はイザナギとイザナミにこの漂える国をおさめ固めなさいと命じて、天の沼矛を与えた。イザナギとイザナミは天の浮橋に立って剣を指し下し、かき回し、引き上げた。剣からしたたり落ちた塩が積もって島となったというところである。